邂逅〜MYXA〜

  その場所は、図書館と呼ばれていた。

  仕事帰りに疲れた身体でコンビニ弁当を買って帰る生活。実家に帰る度に早く結婚して孫を見せろとせっつかれているが生憎とそんな宛はどこにもない。俺は今日もコンビニ弁当を買って帰ろうとしていた。目に入ったのはスーパー銭湯。2階がゲームコーナーになっているところだ。久々にゆっくりと湯船に浸かりたいと思った俺は1000円払ってゆっくり休めるコースにする。合間に何かゲームをするのも悪くない。明日は休みだし、のんびりしよう。そう思っていた。一風呂浴びた後にゲーセンへと行くべく通用口の扉を開いた。

  そこにあったのは図書館。何万冊もの本がそこにあり、一人の女性(おっぱい大きい)が笑顔を浮かべていた。

「図書館へようこそ。素質あるものよ」

  その女性はマメール・ロワと名乗った。ラヴェルのピアノ組曲だっけ。確かマザーグースが元だったな。

「闇の軍勢が迫っています」

「は?」

思わず間抜けな声を出してしまった。

「あなたにこの筆を、神筆を渡します。テイルマスターとなって物語の主人公と一緒に闇と戦ってください」

  わけがわからないよ(QB並感)

  その後詳しい説明を聞くと、お伽噺の内容って元々は戦記なんだそうだ。それで物語の世界を闇が侵食してるからそれをなんとかして欲しい、との事。まあ事情は分かった。

「では、相方となるキャストをお選びください。それと、チケットをご購入ください」

  金取るのかよ!  あ、お金じゃなくて俺の体内にある魔力をチケットに変換して物語への切符にするって?  ああ、本当にお金を払わなくてもいいのか。イイセカイダナー()

  マメールに連れられて引き合わされたサンドリヨン。とりあえず初めに一緒にやってくれるらしい。

「よろしくお願いしますわね!」

  彼女はおっぱいぷるーん!とさせながら答えた。

  

  そのまま転送円に入って本の世界へ移動した。ここには闇の軍勢は特に居なくて戦い方を学ぶための場所だそうだ。ま、チュートリアルやね。サンドリヨンは剣から斬撃を飛ばして練習用の兵士を飛ばしていく……のはいいんだけど揺れすぎじゃね?

  一通り戦闘した後に元の場所に戻ると他にキャストが増えていた。

吉備津彦。桃太郎だな。暑苦しい。

美猴。西遊記? 毛深いからパス。

ピーター。軽そうだしうるさい。

シレネッタ。うん、いいおっぱいだし褐色肌好きよ? でも、刺激強くて戦うどころじゃ……

アイアンフック。渋いッスね。なんか頭上がらなそう。命令するとか無理無理。

リトルアリス。あー、うん。とりあえず人の話聞いてくれるかな? いたずらやめて!

……なんかアクの強いのばっかだな。こん中から選ぶん?  と思いふと、視線をずらすとそこには裸足の少女が隅っこに隠れていた。俺は惹かれる様にその前に歩み寄った。

「君は?」

「私はミクサ……ミクサだよ」

  小さな手。そして栄養不足そうな身体つき。

「おい、なんだこれは、ボロボロじゃないか!」

  怒りに我を忘れて叫んでいた。

「その子はマッチ売りの少女。物語がそうなっていますので……それを変えることができるのは神筆使いたるテイルマスターだけ」

「わかった。それなら俺はこのミクサを選ぶ!

もう、この子に寂しい思いもひもじい思いもさせるもんか!」

「そうですか……では」

  マメールはそう言うと神筆に触れた。神筆が輝きミクサの名前が刻まれた。ミクサは静かにそしてゆっくりと俺の手を握って言った。

「んん……どうも……これなら、もう、寒くないね」

  その小さくて力強い温もりに必ずミクサを幸せにしてやろうと決心したのだった。

新月の夜の月と太陽(一斉ソルカマル用)

「誰もいないナ!」

「どなたもいませんですねー」

 夜。仕事を終えてプロダクションに帰ってきた二人。プロデューサーはアクシデントがあって他の現場にとんぼ返り。事務所の明かりはついていたが誰もいない。ちひろさんもお出かけのようだ。帰宅すれば良いのだが、なんだか話があるとかでプロデューサーから待っておくように言われていた。窓から二人が外を眺めると綺麗な星空があった。

「今日の星空はスッゴクキレイだナ!」

「ああ、今日は新月なのでございますねー」

「シンゲツ?」

「はい、月が太陽を隠してしまうのですよー」

「太陽をヒトリジメか? ズルいゾ。太陽はミンナを照らさないといけないンダ」

「でも、気持ちはわかるのですよー。太陽さんはぽかぽかしますから気持ちいいのですよー」

「ナターリア、太陽大好きなんだヨ! ナターリアも太陽みたいになりタイ」

「ナターリアは十分に太陽みたいなのですよー。キラキラ輝いて眩しいくらい……わたくしはそんな風には輝けませんー」

 弱気なライラのセリフにナターリアはムッとしながら頭をぐしゃぐしゃした。

「あうー、何をされるのですかー?」

「ライラは綺麗ダゾ!」

「え?」

 突然の告白にライラの心臓がドクンと跳ねた。

「いつもそこにいてニコニコしてる……優しく包んでクレル……そんなホッとするカンジ?」

「ナターリア……」

「ナターリアは日本に来たばっかりの時、センザイ?の写真をとるのに上手くできなかったンダ。今もジットシテルのは苦手」

 ライラの顔を見ながら少ししょんぼり目のトーンでナターリアは言った。

「ライラと出会って、すごくホッとした。オシトヤカってコウなんだって。だからライラはナターリアのアコガレなンダ」

 はにかむようにナターリアが笑う。いつものはじけるような笑顔とはまた違う顔。

「ライラさんは、お家賃貰えたらなんでも良かったのです」

 ライラはその笑顔に向き合い静かに語った。

「頑張って働いて、お家賃払えて、アイスが食べれたら、幸せなのでしたー」

「ライラ?」

「でも、ナターリアに出会って、みんなを照らし続ける輝きを眩しいと思ってしまいました。ナターリアはわたくしの憧れなのですよー」

「あはは、それじゃ、オアイコだナ!」

「そうですねー。……月が太陽を隠したかった気持ちが分かるような気がしますー。ほんの少しの間だけでも……」

「太陽の気持ちも分かるゾ。ずっと迷惑カモだけどソバにいたいンダ!」

「迷惑なんて思ってませんよーナターリア?」

「ウン、ダカラ……」

 ナターリアはライラの手を取ってしっかりと握った。

「アノ日、二人で誓ったヤクソクおぼえてるカ?……二人でステージで歌おうっテ」

「はい、絶対に果たしたいのですよー。忘れるはずがないのですよー。ライラさんの心に刻み込まれているのですよー」

「早くかなえたいナ! 世界中に二人の歌を届けるンダ!」

「はい、一緒に頑張りますですよー! あー、でも」

「?」

「あまり早いとパパにバレて連れ戻されてしまうかもしれませんのでちょっとゆっくりめをお願いするのですよー」

 二人は目をぱちくりさせてお互い見つめあったあと、互いに笑いあった。笑い声は段々と大きくなって事務所中に響いたのだった。

 

 それを見ていたのはただ星空だけ。

きっかけはナターリア

「ナターリアだヨ! よろしくネ」

その子が転校してきたのはカラッと晴れた青空の五月だった。褐色の肌、人懐っこい笑顔、キラキラ輝く太陽みたいな子だった。

私とは大違い……

「席は……そうだな山口の隣にしよう」

先生が私の名前を呼ぶ。

「は? ふぁい!」

変な声が出た。

「私、ナターリアだヨ!」

「あ、うん、山口あかりです。よろしく……」

正直苦手だ。どうしよう。

「あかりカ! 光ってるナ!」

本当にどうしよう。

 

「あかり!」

ナターリアに呼ばれた。

「えっと、何?」

「学校案内してくれないカナ?」

先程からクラスメイトに囲まれてたハズだけど……あれ?

「あの、他の人たちは?」

「ミンナ部活だっテ。あかりはヒマソーだったからナ」

あー、うん、彼女たちはリア充だ。忙しいに違いない。

「分かった。案内してあげる。運動部からでいい?」

奇妙な道行きが始まった。

 

「女子バレー部からね」

「ンー? あ、アブナイ!」

バシィ!

飛んできたボールを弾き返すナターリア。

「あ、ありがとう」

「ナターリアちゃんすっごーい!」

「すぐにレギュラー取れるんじゃない?」

「ウチの部入りなよ!」

私のお礼の言葉をかき消しつつバレー部員達がナターリアを囲んだ。

「アハハ、それも楽しソウ。でも……」

くるっとバレー部員に向き直る。

「ナンデミンナあかりに謝らないんダ?」

え?

「危険なメにあったんダ。ナターリアが取らなきゃケガしてたかもナ」

ざわざわ……

「そうだね、ゴメンね、山口さん」

申し訳なさそうにバレー部の子が言った。この子は知ってる。同じクラスだものしかも女子のリーダー格だ。

「仲良しがイチバンだヨ!」

ニコッと笑う。とても魅力的な笑顔だ。

体育館に別れを告げて色々見て回った。

サッカー部

「ナターリアもやる!」

「ダメだよ、男子だけなんだから!」

水泳部

「水着キツいな……」

「それ、一番大きいサイズだよ」

バスケ部

「ボール持ったら走りたくなっタ!」

「3歩以上は反則!」

ひたすら体力を消耗した……。

「あとは文化部だね……」

「ウン、デモ、遅いから明日にしヨ」

「そうだね……」

私ももう限界だった。

「それじゃあまたアシター」

「うん。バイバイ」

あれ? 普通に挨拶できてる。ナターリアちゃんのペースに巻き込まれちゃった。

その日は疲れからかぐっすり眠れた。

「オハヨー!」

ナターリアの元気な挨拶が私を出迎えた。

「うん。おはよう」

私もニッコリ返す。

「あ、山口さん、おはよー」

いつもと違う光景がそこにはあった。

あの、バレー部の子が話しかけてきたのだ。

「昨日はゴメンねー。あれからナターリアちゃんとずっと一緒だったんでしょ? 大変だったんじゃない?」

「え、ああ、うん、まあね」

クスッと苦笑い。

「……へぇ、山口さんってそんな風に笑うんだね。もっと話してみたいかも。ねえ、あかりって呼んでいい?」

え?

「い、い、いいけど……」

何かが始まった音がした。それを運んで来たのは褐色の太陽。その眩しい輝きは今も私を照らしていた。

「あかり、今日は文化部ダゾ!」

恋心

小学五年生の夏。僕は確かに恋をした。

夏休み。父がロケで田舎に行くと言うので、父の食生活が心配だった僕はついて行くことにした。何せ山奥だ。身の回りの世話をアイドルにさせる訳にはいかない。父はプロデューサー。アイドルをプロデュースするのが仕事、と言うが街に出掛けて女の子に声を掛けては警察を呼ばれたりしていたのを見た事がある。本当に仕事は出来てるのか心配だ。

宿題はあらかた終わらせた。父は撮影があると言ってフラフラと出て行った。暇だ。夕飯の下ごしらえは終わってる。僕は近所を探検する事にした。

山道をぶらぶらと歩く。運動はそんなに得意ではないけど歩くだけならまあ問題ない。安いスーパーを探す為に隣町まで行ったこともある。勾配(こうばい)はそんなにキツくなくてちょっとしたハイキング気分だ。綺麗な空気を堪能しながら歩みを進める。ガサリ。ヤブが動いた。ヘビなどは特に居なかったと聞いてるけど……。戸惑っている僕の前に現れたのは褐色の肌の一人の少し年上そうに見える少女だった。惹き込まれそうな瞳が印象的で手足がすらっと伸びてて、しかも、柔らかそうだった。

「どうしたノ? 迷子カ?」

少しカタコトな日本語。おそらく日本人ではないのだろう。

「いえ、ちょっと散歩してただけです」

少し戸惑いつつも答える。

「そうかー。暇なら一緒に遊ぼう? なんかオマエシンキンカンわいた」

そう言うと少女は僕の手をとって強引に引っ張って行った。

「この先にとてもキレイな場所があるんダ!」

しなやかな肉体から生み出されるエネルギーはまるでジャングルの獣の様で走る姿でさえ美しいと感じた。僕は走りながらも彼女から目が離せなくなっていた。

「ココダヨ」

たどり着いたのは崖の上。透き通るような青空がそこにあって空にある太陽は遮るものなく輝いていた。

「うわあ……」

僕は言葉を忘れて立ち尽くした。

「気に入ったカ?」

「うん!」

 

それから数日、僕らは頻繁に遊んだ。

彼女はいつも昼過ぎに現れて僕をあちこちに引きずって行く。

釣りをした。

彼女はスシが好きだとニコニコしていた。

昆虫採集をした。

いや、カブトムシは食べられないから。

海岸で泳い……いや、水着ないなら脱いじゃダメだよ!

ともかく色んなことを一緒にやった。田舎での退屈そうな暮らしがこんな風になるなんて思ってもみなかった。明日はどこに行こう……。

 

「明日帰る。準備をしておいてくれ」

父にそう言われた時、僕は目の前が真っ暗になった。でも、逆らう訳にはいかない。あくまで僕は父についてきただけなのだ。せめてお別れの言葉だけでも言いたかったな。僕は父の荷物をまとめながら目から何か熱いものがあふれるのを感じた。

 

次の日。気持ちいいほど晴れ上がった空だった。僕は父に言われて駅で電車を待っていた。この駅を出ればもう彼女には会えない。

「ウカない顔してるナ」

彼女の声が聞こえた。

「え?」

「これでお別れみたいダナ」

僕の荷物を見て察したのだろう、彼女はそう言った。

「あの、また、来年、ここに来ます。必ず来ます。だから、また会って、貰えますか?」

精一杯の勇気を込めたセリフ。

「ゴメンナ。ナターリアもここの人じゃナイんダ」

電車が着いた。乗らなくてはいけない。

 

ふわっといい匂いがして額に何かが触れた。その場所から熱が広がっていく。

「キミが信じてくれるならきっとマタ会えるヨ」

そうして彼女は優しく微笑んだ。

「アデュス」

彼女の言葉が後押しとなって僕は電車に乗っていた。ホームが遠くなる……涙で彼女の姿がにじんだ。

 

東京に帰ると父は忙しそうにしていたが僕の様子がおかしいのを感じたようだ。

「何かあったのか?」

「うん、田舎でね、女の子と出会ったんだ。太陽のような惹き込まれるような女の子」

「そうかー。お前がそう言うならウチのプロダクションに欲しいな」

「そう言えば最後に「アデュス」って言ってたけど……何語なんだろう?」

「ああ、それはポルトガル……なるほどな」

「父さん?」

父がやるせなく笑ったような気がした。

「いや、なんでもない。そのうち会えるかもな」

「そうだね。きっと会えるって信じてる」

それが僕の初恋のお話。初恋と呼ぶにはあまりにもお粗末過ぎるかもしれない。でも確かに僕は彼女に恋をした。

アリス

「どうして……どうして戦わないといけないの!」

アリスは叫んだ。目の前に居るのはアリスの影、シャドウアリス。昨日は二人でお菓子を食べながらどんなイタズラしようか考えてた。それなのに……

「目を覚まして!」

アリスの声に彼女は答えない。真っ赤な目が爛々と光り、アリスを覗き込む。

「はじケろ……」

彼女がステッキを振るうと衝撃がアリスを襲った。

「めちゃクチャに、してアゲル」

ウィークバルーン!  アリスが咄嗟に飛び退いと所に禍々しい煙が立ち上る。

「いじめてアゲヨウ」

いつも聞きなれたセリフ。でも、その言葉の中にある「冷たさは」アリスの芯を凍りつかせた。

「返して……私の影を、大事な影を返して!」

アリスの頬を涙が伝う。目の前が滲む。

「いジわるサんは、あっちイけ」

言葉と共にアリスの身体は重くなった。何かがのしかかってるようだ。

「うぐっ!?」

迷いながらも身体は勝手に動く。直ぐに回避行動をしてドローショットで牽制しながら森に隠れてかくれんぼを使う。

「道連れハ……いっパい居た方がいいヨネ?」

アリスを見失った彼女は手当り次第に破壊を始めた。テーブルもティーポットも大きな時計も……

 

どうして、どうして……アリスの頭の中はそんな事でいっぱいだった。

ヴィラン化……そう言えば誰かがそんなことを言っていた気がする。あれはマッドハッターだったろうか?  心が闇に染まった時にヴィランの影は忍び寄ってくるという。という事はシャドウアリスも何かを抱えていたのだろうか?  私にすら言えない何かを……だとすると、嫌だけど、なんとかしないといけない。だって、私は、私たちはその為に居るのだから。

アリスの心の中には様々な思いが渦巻いていた。

 

「待って!」

アリスは唇を噛み締めながら言った。その目の涙はまだ止まっていない。

「本気で……やっつけてやるんだから!」

そして死闘が始まった。シャドウアリスの攻撃パターンは分かっている。だが、二人とも「意表をつく」戦い方が本領である。いわゆる騙し合い。そして、騙すのが一枚上手なのがいつものシャドウアリスの方だった。

ドローショットの起動をわざと曲げてまた戻す、先読みして行動する先にボムバルーン、おにさんこちらでの背面取り……何度も何度も傷つきながらアリスは立ち向かった。大切な物を取り戻すために。

「あナたに罰ゲーム♪」

「あうっ!」

びっくりさせちゃえが直撃して、アリスは吹き飛んで倒れた。

「ゆっクりおやスみ。じゃ、マたね」

シャドウアリスが振り上げたステッキでトドメを刺そうとした時、アリスは苦し紛れにステッキを振った。

「私を怒ラせなイ方がいイと思ウな……」

ニヤリとサメのように笑うシャドウアリス。振り上げたステッキはしかし、下ろされることは無かった。

「この……道を……進むのは、私なんだから!」

アリスの撃ったドローショットは大きく迂回してシャドウアリスの背中に突き刺さった。そして……

「夢と不思議のおもちゃ箱、ぜーんぶひっくり返しちゃう!」

起死回生のワンダースキル。不意打ち気味の一撃にシャドウアリスは直撃し、吹き飛ばされて倒れた。

「かはっ」

無理をした代償は大きく、アリスは体力と魔力の殆どを失っていた。それでも、アリスは身体を引きずりながら彼女に近づいた。

「ヤダヤダ、こんなのヤダよぅ!」

アリスは気絶したままの彼女を抱き締めると大粒の涙を零しながら抱きしめた。もう二度と放さぬように、離れないように……

 

ハレの日

「姉上はどこに行ったのだ……」

盛大にため息をつきながらアシェンプテルは廊下を歩いていた。

「ここは我らの家ではないというのに」

「おや、アシェでは無いですか。何をしているのです?」

にこやかに微笑むサンドリヨン。本当に何事も無かったかのように振舞っているがそのお腹の中には今にも産まれそうな程の新しい生命を宿していた。

「そのような身体で出歩くなど何を考えているのか……」

「でもねアシェ、床に居ると鈍ってしまいます。ですから少しでも動いて発散しないと。それに……」

今までのほやんとした表情からキリッとした表情になって言う。

「出産したらすぐにでも闇の軍勢と戦わなくてはいけません」

そう、闇の軍勢との戦いはいつ終わるともしれないのであった。

だが、そんなサンドリヨンにアシェンプテルはデコピンをかました。ズビシッと言う子気味いい音がした。

「それは姉上の考える事ではない。私だけでなくシュネーやジーン達も頑張ってくれている。何の心配もないだろう。それとも私たちに任せるのは不安か、姉上?」

「そ、そんなことは……アシェはいじわるです」

そう言われてはサンドリヨンも返す言葉がないのだろう。尻すぼみになりながらブツブツと呟いた。

「姉上、そのお腹に居るのはおふたりだけの子どもではないの。言わば私たち皆の希望なのだ」

いつになく優しげな表情を見せるアシェンプテル。

「わかりました、無理しないように部屋に戻ります」

そう言って立ち上がった時だった。腹部に激痛が走り、サンドリヨンは思わずうずくまってしまった。

「姉上!?」

苦しそうなサンドリヨンにアシェンプテルは動揺していた。

「お姉様方、何があったの……お姉様!?」

シュネーヴィッツェンが来て更に動揺した人間が増えた。

「落ち着いてください、シュネー」

ひとり冷静に同行していたシグルドリーヴァが延髄にチョップを入れる。

「とりあえず医務室に運びましょう。恐らくもう産まれそうなだけです」

生と死を司る戦乙女のシグルドリーヴァには生命誕生の兆しが伝わって来ていた。

 

「むう、サンドリヨン殿は大丈夫なのか?」

医務室の廊下をうろうろする吉備津彦。その表情からはいつもの剛毅さは消え失せ不安が色濃く飾っていた。

「まあ、落ち着けって桃の字」

一緒に帰還してきたキノ……怪童丸が宥める。

「別に病気とかじゃねえんだし、そんなに不安になったらサンドリヨン殿にも伝わるだろうが」

「そうじゃ。それにの」

火遠理もそれに続く。

「ワシらに出来ることは何も無い。せいぜいが神仏に祈ることじゃな」

「神仏に祈る……はっ、そうか!  ならば今から水垢離を!」

「「だから落ち着け!」」

部屋の前で繰り広げられるコント、だが吉備津彦は至って真面目だった。自分の初めての子なのだ、無理もない。

「神仏の加護なら問題ない。シグルドリーヴァ殿がばるはらとかいうところに安産をお願いしておいたそうじゃ。それにオトとツクヨミ殿経由でも頼んでおる。大聖殿もおる。万に一つも抜かりはない」

火遠理が吉備津彦を諭していた。その言葉に吉備津彦も落ち着きを見せたが……

「やはり気になる!」

ダメだったようだ。

その時、力強い赤子の泣き声が屋敷中に響き渡った。

「産まれた。大丈夫。安産。母子共に健康」

手術着姿のシグルドリーヴァが扉から出てきた。その言葉を聞いて吉備津彦は部屋へと飛び込んだ。

吉備津彦様、落ち着いてください!」

お産の手伝いをしていたシュネーヴィッツェンが吉備津彦を留めた。

「あなた……」

そしてベッドの上ではサンドリヨンが微笑んでいた。その手に抱くのは玉のような女の赤子。

「女の子でした。とても元気ですよ」

吉備津彦はサンドリヨンに近づくとそのまま手を握りしめた。

「かたじけない、かたじけない……」

何度も何度も繰り返す。和やかな空気がその場を包み込んだ。

「これで義兄上も「パパ」だな」

「おお、桃パパか、悪くねえな」

「桃パパって言い方はどうかと思うのじゃが……まあめでたいの」

 

「コドモ、ゲンキ。ワシ、ウレシイ」と温羅

「この慶事。我も喜ばしい」と闇吉備津

「産まれたんだって?! 大きくなったら遊んであげるー」とリトルアリス

「イロイロと教えて上げなくちゃね」とシャドウアリス

「んん……おめでとう」とミクサ

「おめでとうございます! 産着やら諸々のものは任せてくださいませ!」とリン

「うむ、生々流転。神仏の加護もあるが生命の誕生はめでたい」と大聖

「ウキキ、いいじゃねえか。酒飲もうぜ!」と美猴

「いいだろう。誕生に乾杯させてもらおう」とアイアンフック

「我ガ下ニ来ヌ様ニ、セイゼイ気ヲ付ケル事ダナ」とデスフック

「ファンタスティック! お祝いの歌を歌ってあげるね!」とシレネッタ

「私からもささやかだけどイロイロ送らせてもらうわ」とメロウ

「ほほほ、本当に玉のようなややこですね。可愛い」とかぐや

「うむ、可愛いの。あちこちに加護を頼み込んだ甲斐があったというものじゃ」とツクヨミ

「私も、子ども産みたい! 誰か旦那様になってぇー!」と祝福なのか願望なのかよく分からない事を言い始める婚活おば……深雪乃

「ああいうのを見てると子どもが欲しくなりますね」とロビン

「なんならアタシが産んでやるから。ここまで可愛くなるかはわからんけどね」とマリアン

「……可愛いわ」とスカーレット

「…………ホント可愛い……はっ、た、大したことねえなあ!」とヴァイス

「一緒に空を散歩したいぜ!」とピーター

「ふっ、やがては俺のようになるだろうな」と呪いなのか祝いなのか分からないことを言い始めるナイトメアキッド

「魔女たちのような祝福は出来ませんが私達もおめでとうと言わせてください」とドルミール

「兄さんの次に凛々しいわ……」とエピーヌ

「子どもはイイねえ。ボクも大好きだよ。1曲吹こうか?」とマグス・クラウン

「いっやー、ホンマにめでたいわ! オオモンになるで!」とドロシー

「キャハハ、気分イイから今日は切り刻まないでおくよ。一緒に遊ぼうねぇ〜」と物騒な事を言っているジュゼ

「おめでとう、祝いは魔神ちゃんに届けさせるぜ!」とジー

「妹の事で頭はいっぱいだが、生命の誕生は素直に祝ってやろう」とマリク(NEW)

 

みな、それぞれの差こそあれ、サンドリヨンの出産を喜んで駆けつけて来たのだった。

「ありがとう皆さん」

あたたかい涙を零しながらサンドリヨンは答える。

「皆の者、まことにかたじけない。必ずサンドリヨン殿は幸せにしてみせる!」

はっきりと答える吉備津彦

「違います、あなた。私たちで一緒に幸せになるのです。三人一緒に」

サンドリヨンは空を見上げて言った。

晴れ渡った空には雲一つなく、白い鳩が祝福するかのように飛び回っていた。

 

サンドリヨン

貴方に出会えて良かった……

そう思ったのは初めてあったあの日。

出会いは戦場。

私は双剣を、貴方は大振りの大刀を持っていた。

言葉もなく、ただ、目の前の敵を打ち倒すのみだった。いつもと同じ戦場のはずだった。

なのに……何故か貴方の側は心地良かった。

「共に進もうぞ!」

そう言った貴方を眩しく思った。その大きな背中に記憶の彼方にある父の姿を感じた。

自分が強くあらねばと思っていた。それはもう「呪い」のようだった。ビクトリアス様から剣を受け継いで自分しか頼れる者は居ないと思っていた。

一人でないと、一人で頑張らなくて良いと気づかせてくれたのは貴方だった。

森でも砂漠でも海でも貴方は常に私と共にあってくれた。

貴方とならどこまでも行けると思っていた。

 

でも、私はシンデレラ。12時の鐘は鳴り響く。

 

ジュゼ。彼女はそう名乗った。全てを呪う様に動く人形。それは災い。早くするりと入り込んで来た。

そう、一瞬の出来事。でも私はその瞬間を忘れることが出来ない。

彼女の爪が貴方の胸元にくい込んでいた。本来なら私の胸元に刺さっていたはずの爪だった。

「サンドリヨン殿……無事、か?」

口から血を吐きながら貴方は言った。

吉備津彦様!」

それ以上は声にならなかった。

「案ずるな、俺は不死身……だ」

貴方の身体が黒く染まっていく。これがジュゼの「呪い」

「サンドリヨン殿は逃げてくれ……そして皆に伝えよ」

息も絶え絶えになりながら貴方は言う。

「この呪いに気をつけろ……と」

胸元から闇が広がっていく。貴方の体を黒い闇が染めていく。

「サンドリヨン殿……どうか逃れてくれ……」

「そんな、吉備津彦様を置いていくなど……」

「頼む、このままではサンドリヨン殿に危害が及んでしまう。それだけは……」

「でも、でも……」

貴方は何かを決した様に大刀を振るった。

「俺が最期の道を拓く、迷わず進め!」

一閃。私は衝撃波と共に飛ばされ……気づいた時には仲間のところに居た。

 

あれから私は仲間と共に再びここに来た。目の前にはジュゼと闇に染まった貴方。

「必ず、取り戻します!」

そして私は双剣を振るう。仲間たちと共に。