豆まき

「日の本には豆まき、という風習があるそうですわ」

リンちゃんはアリスのお茶会でカフェフラペチーノを飲みながらみんなに言った。

「へえー、それって面白いの?」

アリスがスコーンにクロテッドクリームを塗りたくりながら聞く。

「なんでも鬼役の人に豆をぶつけて遊ぶそうなのです。鬼役は大人の男の人がやるそうですわ」

リンちゃんの説明にミクサがポツリと呟いた。

「鬼、なら温羅さんが居るよね……」

「それっていいかも!」

アリスが目を輝かせながら反応した。

 

「ワシ、鬼役、ヒキウケタ」

ニッコリ笑って温羅は言う。心根の優しい鬼だ。人から頼まれれば嫌な顔をせず二つ返事で引き受けてしまう。ましてやそれが子供たちなら尚更である。

「マメ、用意シトイタ。コレ、使エ」

ぶつけられる豆まで用意する始末である。

「ワシ、玄関カラ入ル。部屋入ッタラ思イ切リブツケロ」

そう言って温羅は玄関に向かっていった。

 

そして、その時は来た。温羅は玄関から入り居間へと入り込んだ。

「ウラララララ、鬼ダゾー」

まず、今に入った温羅を襲ったのはリンちゃんの一撃だった。

「ていやー、ですわ!」

パラパラと豆がぶつかって弾ける。

「モット強クテモイイゾ」

その言葉に後に控えていたミクサの目が光った。次の瞬間、飛んできたのはフレイムショットに包まれた豆。

「これならもう、寒くないよね?」

2月上旬。暦の上では春とは言ってもまだまだ寒い。きっとミクサの優しさなのだろう。豪火球に包まれた豆はパチパチと音を立てていた。

リンちゃんは「えい、えいっ」とずっとぶつけ続けている。

そうこうしていると

「こんな体験、した事ある?」

ボムバルーンと共に飛んでくる豆。勿論豆には毒が染み込んでしまっている。

「毒ハアブナイ」

緊急回避で避ける。そこに……

「びっくりさせちゃえ!」

豆がマスごと飛んできた。

「グハァ」

非常に痛そうな叫び声が聞こえた。

追い討ちをかけるかの様に天を影が埋めつくした。

「さあ、みんなで燃え上がりましょう、サンハイ!」

「空からくるよ、大きな赤い流れ星……」

メテオの合唱。見事なハーモニーをたたき出したそれは温羅の頭上へと降り注いだ。

「ダ、大丈夫。ワシ、頑丈……」

息も絶え絶えに言う言葉は最早……

「こうなったら、もうどうなっても知らないんだから!」

豆さえ投げる気のないシャドウアリスの容赦ない踏みつけに温羅の意識は途絶えた。

 

「「「「ごめんなさい」」」」

目を覚ました温羅を囲んでいたのは子供たちだった。

「大丈夫。ワシ、頑丈。痛クナカッタ」

涙目になりながらも温羅は平気なように見せた。

ワンダーランドは今日も平和である。

メアシュネ2

オレがシュネーに会ったのはある戦場での事だった。

そいつは戦場に1人で立っていた。

そいつは戦場で1人で咲いていた。

そいつは戦場で1人で舞っていた。

圧倒的な「白さ」汚れを知らぬ「純潔」

一目見て心を奪われた。

オレは黒き闇の力を持つナイトメア。

だからなのか?

光に、白に、輝きに。

負けるものか。

オレが必ず引き込んでやる、終わらない悪夢にな!

 

それからオレは彼女を見ていた。

彼女は真っ直ぐに、愚直に敵に突っ込んで行く。

見てて危なっかしい。

つい、手が出ちまうこともあった。

「なんで、私につきまとうの?」

そんな事も言われた。

正直自分でも分からない。だから答えた。

「アンタを終わらない悪夢に落としてやるためさ」

 

そして、「終わり」はやってきた。

合流する途中で遭ったヴィラン。死闘の末に奴を倒して彼女の元に辿り着いた時、彼女は眠りの呪いに堕ちていた。

「間に合わなかった様だな、今日は」

こいつがいつも彼女を狙っていたのは知っていた。オレのミスだ。だから……

「心配ねえよ。オレが貴様を倒せば済むことだ」

先程までの死闘で満身創痍。状況的には不利。それでもやらなきゃいけない時はある。

「黒き闇の力、解放しよう」

オレは武器を手に駆け出した。

 

辛うじて奴を倒した時にはオレは全身から血を流していた。死滅の呪い。眠りの呪い。縛鎖の呪い。身体が重い。全ての呪いをシュネーに当たらないように受け止めたのは無茶だったのかもしれない。

「……起きろよ、シュネー。オレ以外の悪夢に囚われてるんじゃねえ!」

オレは力を振り絞り、こんな身体で出来る唯一の解呪法を行った。

シュネーの唇は粉雪の様に柔らかく透き通っていた。

 

「よう、お目覚めかい?」

ゆっくりとシュネーの目が開く。目の前が赤い。血のせいだろうか。

「貴方……どうして……」

「言っただろ、悪夢を見せてやるって。貴様を悪夢に捕らえるのはアイツじゃない。このオレ様だ!」

「でも、そんな傷……」

なんだ?  声が震えてる。こいつ、泣いてんのかよ。しょーがねえなあ。

「今、お前の頭の中は俺でいっぱいだろ?  ザマアミロ」

頭がふわふわする。意識が遠のいて行く……。

最期に笑って欲しかったぜ。

オレはそう呟いて重い瞼を閉じた。

酷く眠い。

 

 

 

メアシュネ1

彼と出会ったのは森の中。一人戦う私に何度もちょっかいを掛けてきた。

「なあ、アンタ。ちょっと真面目過ぎるんじゃねえか?  もっと楽に生きればいいじゃねえか」

そう言って嘲笑う彼に私はいつも答える。

「別にあなたに興味ありませんから。私には戦わなくちゃいけない使命がありますもの」

襲い来る闇の軍勢、倒れていく仲間たち。

身を削りながら自分のやらなければならない事を刻んでいく。

「そんなに気を張ってたら疲れんだろ?」

いつもいつも私の周りをうろちょろしているうるさい男。そういう認識でしかなかった。

「疲れてる時は悪夢を見やすくなるって知ってるか?  何ならオレが見せてやるぜ」

「結構です。忙しいですから」

イラつきを隠しながら答える。恐らく見抜かれているのだろうが別に関係はない。どう思われようと構わないのだ。

 

「あなた、ナイトメアキッドと仲が良いそうね」

お姉様が彼の事をどこで聞きつけたのか言ってきた。

「別に……仲良くなんてありません。仲良くしたいのはお姉様だけですもの!」

お姉様は困惑した表情を浮かべて言った。

「彼は優秀な遊撃手ですもの。連携して戦えば戦果もあがるわ」

「必要、ありません!  戦場では常に1人……1人で戦い抜かなくてはいけませんもの」

ついムキになって反論してしまった。お姉様をもっと困らせてしまっただろうか?

「シュネー、これだけは覚えておきなさい。仲間を信じ、仲間と共に歩むこと。それが闇の軍勢に打ち勝つ力なのです」

諭すようにお姉様は言う。1人で戦い勝てなくてはお姉様の様になれない。当時の私はそう考えていたから少し驚いてしまった。

お姉様はいつ見ても1人で誇り高く戦っているように見えたから。

 

いつものように戦場に出て、いつものように彼は軽口を叩いていた。

「もう俺の事が気になり始めてるだろ?」

そりゃいつもいつも目障りに周りをうろつかれたらそう思うでしょ。

「なぜいつも私に構うんですの?」

問うてみた。

「決まってんだろ。アンタが気に入ったからさ。オレは気に入ったものは必ず手に入れるんだよ」

言いながら敵を倒していく彼。確かに彼と一緒に行動するようになってからは楽になった気がする。けれど、当時の私はそれを「私を弱くするもの」としか思ってなかった。

 

そして、その日はやってきた。私は森の中を進軍中に敵に囲まれた。そいつは眠りの毒をバラ撒きながらやってきた。油断。その日は彼はいなかったのだ。

「いつもいつも邪魔なヤツが警戒してたから襲撃出来なかったが、今日はおひとりのようだねえ、お姫様」

そいつがいやらしく笑うのを重くなる瞼の向こうに消し去りながら私は眠った。

 

少しカサカサした感触。目覚めると血塗れの顔で彼が、ナイトメアキッドが笑っていた。

「よう、お目覚めかいお姫さん。眠りの呪いを解くには王子様のキス……ってね」

舌先に残る鉄の味。顔に落ちてくる温かな滴……

「え? なんで……?」

「今日は別の所で食い止めてたからこっち来るの遅れちまってな。悪かった。あれ? なんだ、お前泣いてんのかよ」

彼は途切れ途切れになりがちな呼吸の合間に言う。

「どうして……こんな事を……」

「……言ったろ、悪夢を見せてやるって。まあ、これが最期だろうけどな」

彼は笑った。

「やっと、オレを見てくれたな。オレの勝ちだ。ザマァみろ」

死の匂いが漂っていた。シグルが教えてくれた匂い。この匂いのする人間はまず助からないのだと。

「なあ、今どんな気持ちだ?  サンドリヨンの事なんて頭にない。オレのことで頭がいっぱいだろ?」

そして胸の前で拳を握り

「もう俺のモノだシュネーヴィッツェン」

そして力なく拳は開き、重みが私を襲った。

 

あれから何をしていたのか覚えていない。シグルに言わせると「血塗れのナイトメアを血塗れのあなたが連れてきました。だから血塗れのお二人を適切に処置しました」だそうだ。

私は血塗れだったのでシグルが沸かしてくれたお風呂に入れられ洗われるがままになっていた。目覚めたら朝のベッドの上だったのだ。

「これは……夢? 悪夢……」

ポツリと呟く。涙が両目からこぼれ落ちた。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

頭の中をそんな感情が支配する。

いつの間に私は囚われていたのだろう、醒めない悪夢に。

「目覚めましたか、シュネー」

シグルが入ってきた。

「すみません、手は尽くしたのですがヴァルハラ行きは免れませんでした」

申し訳なさそうに言う。

「いえ、分かってましたから」

きっともう夢は見れないのだ。悪夢に囚われてしまっているのだから。

私は起き上がると装備を身につけた。戦わなければならない。彼の分まで。

「シグル、手伝って」

「了解しました。進軍開始しましょう」

そして私はまた戦場に戻る。世界を覆う闇を白く塗り替える為に。

 

おせち作り(その2)

吉備津彦は悩んでいた。

吉備津彦おせち料理を食べていた時の話だ。

かぐやがお裾分けにとおせちを持ってきてくれた。そのおせちはなるほど美味かった。

そのおせちにサンドリヨンがケチをつけたのだ。本場のフランス料理に劣る、と。

売り言葉に買い言葉。まさにそんな表現がぴったりくる言い合いだった。

サンドリヨンの育ったフランスは料理において世界三大料理の一つと言われるほどに素晴らしきもの。

しかしながら、おせちは日本古来からの風習。ならばサンドリヨンにも理解してもらわねば何かと困る。

サンドリヨンに分かってもらうには実際におせちを食べてもらう他ないが……

あいにく、かぐやのお裾分けは少量だったので食べきってしまった。

ならばまた作るしかない。

吉備津彦は決心も新たにおせちの完成を目指すこととなった。

 

サンドリヨンもまた悩んでいた。

他国の料理を貶める気など無い。ましてや日本料理と言えば無形の世界遺産にも認定される程の代物。敬意を払いこそすれ、文句をつけるなどありえない。

ただ、料理を作ったのがかぐやであったこと、また、その料理を吉備津彦が褒めちぎったこと、まるでかぐやと吉備津彦が夫婦のように見えたこと……

その全てが積み重なって素直でない物言いをしてしまったのだ。

「ああ、私はどうすれば……」

頭を抱えるサンドリヨン。

「いや、普通に謝れば良いだけではないか姉上」

平然とアシェンプテルが言う。

「それが出来るのなら……」

ますます落ち込む姉を鬱陶しそうに見ながら

「なら姉上がお詫びのしるしにおせちとやらを作れば良いではないか」

とアシェンプテル。

がばっ

「そう、その手があったわ!」

サンドリヨンの目に光がさした。

「いざ、作り方を求めて!  行きますわよアシェンプテル!」

「え? 私も行くのか?」

心底めんどくさいと思ったアシェンプテルであったが放っておいたあとの事を考えるとついて行った方が犠牲が少ないななどと思ってしまった。

 

吉備津彦は市場に向かった。自分は食べるのが専門なので何から手をつけて良いのか分からないのだ。

「オイ、キビツヒコ、ドウシタ?」

声を掛けてきたのは温羅だった。見ると何か色々買っているようだ。

「おお、温羅殿。少し買い物をな。そなたこそ何をしているのだ?」

「ワシ、オセチ、ツクル。ダカラ、カイモノキタ」

「む、おせちをそなたが作るのか?」

意外そうに吉備津彦は言う。

「ワシノオセチ、ソンナニウマクナイ。デモ、アソヒメヨロコブ。ワシ、ソレガウレシイ」

穏やかに笑う。

その笑に気付かされた。上手い下手ではない。作ったことない等と泣き言を言っても仕方ないのだ。真心を込めれば気持ちは伝わる。

「かたじけない、温羅殿。大事なことを思い出せた」

「ソウカ。ガンバレ」

温羅はそう言うと市場の向こうへ去っていった。

「よし、やってみせる。まずは材料だ!」

吉備津彦はやる気を取り戻したのだった。

 

「それで、わしのところに来た訳じゃな?」

面倒くさそうに火遠理は言う。

「おせちに海産物はつきもの。火遠理殿の御力添えを是非!」

「まあ鯛やら海老やら余ってるのは余っておるが……」

「が?」

「お主、料理出来るのか?」

「いや、皆目。だが真心を込めれば道は開ける!」

あまりの勢いに火遠理は頭を抱えた。

「いきあたりばったりにもほどがあるわ!  その刀で料理するつもりか?!」

「無論。これは俺が一番長く使ってきた刃物だからな。どんな具材でも両断出来る!」

「……わかった。わしも手伝おう。とりあえず魚介類の調理は任せよ。お主はほかのものを調達してくるがよい」

言っても無駄と見て諦めた様子で火遠理は言った。

「おお、かたじけない。それでは山菜を取りに参る!」

そう言うと吉備津彦は山に一目散に駆け上った。

 

一方その頃、サンドリヨンはおせちについての情報を集めていた。

「おせち?  知らないにゃー」

「おせち? そんな事よりお茶会しようよ!」

「……おせち?  ……あったかくて美味しいのかな?」

「あら、お姉様。おせちよりもチキンやターキーの方が美味しいのですわ!」

四者四様の答えが返ってきた。

「姉上、明らかに人選を間違えていると思うのですが……」

「ええ、アシェンプテル。私もそう思えて来ました」

と、その時。

「お困りの様ですわね、お姉様!」

登場する影一つ。シュネーヴィッツェンである。

「お姉様がお困りとあらばたとえ火の中水の中……」

「まあ、シュネー。あなたはおせちを知っているのですか?」

「おせち……? え、ええ、知っていますわ!」

明らかに知らない様子なのだが必死なサンドリヨンには分からない。

「教えてください! 吉備津彦様に美味しいおせちを食べさせないといけないのです」

その時、シュネーヴィッツェンに電光走る。

「ええ、ええ、全て理解しましたわ。お任せ下さい、お姉様」

にこやかな表情のシュネーヴィッツェン。

「まず、日本のお正月ではお酒を飲むと申します。ですから日本酒に合うようなフルーツの盛り合わせ。これくらいならお姉様でも大丈夫!」

「そうですわね。それくらいが無難かも知れませんわね」

「では、この果物の王様と言われるドリアンを……」

「殺る気満々ではないか!」

アシェンプテルがクリスラでツッコミを入れる。

「だって……お姉様お手製のお料理を汚らわしい男に食べさせるなんて考えただけで吐き気がするではありませんか!  ならばその前に抹殺したところで何の不都合が……」

コブを擦りながら答えるシュネーヴィッツェンの頭を何者かが掴んだ。

「……正月は餅のせいで忙しい。仕事増やされると困る」

シグルドリーヴァだった。

「……そんなに暇なら友達として書類仕事手伝って」

「そ、そんなぁ、お姉様、お姉様ぁ!」

悲痛な叫びを残してシュネーヴィッツェンは退場して行った。

去り際にシグルドリーヴァ。

「餅は餅屋。和食の事なら日本人に聞けばいい。それに婚活中の人ならきっと料理も得意」

ビシッと親指を立ててアドバイスを残してくれた。

「婚活中……そうかっ!」

サンドリヨンは天啓を得たかのように走り去った。

 

怪童丸が晩飯を煮込んでいた時に吉備津彦は現れた。

「おう、どしたいどしたい?」

「うむ、少し頼みがあってな。おせち用の食材を分けて欲しいのだ」

「おせち用ってーと豆に栗、それから大根、人参、ごぼうってところか?  いったいどうしたい?」

「うむ、実はな……」

吉備津彦は今までの話を一通り説明した。

「ふむ、事情はわかった。けどよぉ、桃の字、あんた料理なんてしたことねえだろうが。料理なんて一朝一夕に身につくもんじゃねえ。あんたが作る必要はねえんだぜ」

材料を渡してくれながら怪童丸は言う。

「なんかもっといい手があるとオレっちは思うがねぇ」

 

「おせち? 作れるわよ」

あっさりと答える深雪乃。

「でもいきなりどうしたの?」

「実は……」

サンドリヨンは今までの経緯を話し始めた。最初はにこやかに聞いていた深雪乃だったが、話が進むにつれ顔がひきつっているのが見て取れた。

「ふうん……愛しい殿方に……おせちを……ねえ……」

「い、愛しいだなんてそんな……」

気付かず顔を赤らめるサンドリヨン。らやら「……あ」

アシェンプテルは気付いた様だったが遅かった。

「私にそんな話をするなんてイヤミのつもりー?!」

深雪乃の周りに雪が煌めいて爆発したのはその後すぐであった

 

「散々な目に会いました……」

「姉上……ここは素直に吉備津彦様に謝られては?」

「許して……くれると思いますか?」

「……多分」

と言いながら吉備津彦邸の前に来たところで材料を持った吉備津彦とばったりであった。

「あ、あの、吉備津彦様……」

そんなサンドリヨンの気を知ってか知らずか吉備津彦は言った。

「おお、サンドリヨン殿。丁度良い。おせちの材料を貰ってきたものの俺では作れぬ。手伝って貰えないだろうか?」

「え……?  はい、喜んで!」

「かたじけない。ではこちらへ」

と二人はアシェンプテルを残して消えていった。

「案ずるより産むが易し、というやつだな」

サンドリヨンは料理自体は得意だから大丈夫だろう。アシェンプテルは微笑みながら姉と吉備津彦が上手くいくようにと願ったのだった。

 

おせち作り

新年を数日後に控えた早朝、吉備津彦邸の前に1人の洋装の女性が居た。少し緊張した面持ちで扉の前で固まっている。

心情はこうだ。

「来るの早すぎたのでしょうか。でも、料理を作るとなれば色々な準備も必要でしょうし……」

彼女の名前はサンドリヨン。戦場を彩る華麗にして苛烈なる花。だが、今の彼女に対して抱く感想では無さそうだ。

「あのー、何をしていらっしゃるのですか?」

そんな不審人物(サンドリヨン)に声が掛かる。びくんっと身体を跳ねさせサンドリヨンが振り向くと、そこには吉備津彦の従者、犬飼健がジャージ姿で立っていた。

「お、おはようございます、えっと、あのー、そのー……」

真っ赤になりながら答えるサンドリヨン。

「ああ、そう言えば桃様がおせち料理を作るのを教えるって言ってらっしゃいましたね。ずいぶんお早いようですが」

犬飼健はどうぞ、とサンドリヨンを邸内に招き入れた。

確かに早かったのだ。買い出し等を考えればもう少し遅い時間でも大丈夫だったと分かる。だから……

「おう、サンドリヨン殿、お早いな!」

ふんどし一丁で刀を素振りしている吉備津彦と遭遇する事も不思議ではない。

「な、なんて格好……お、おはようございます」

勝手に来てしまったのは自分で、吉備津彦には吉備津彦の予定がある。だから悪いのは自分でデリカシーがないなどと責められない。だから非難の言葉も尻すぼみになってしまう。

それにしても……がっしりしている。太い二の腕、たくましい胸板、引き締まった腹筋、綺麗な鎖骨、そしてその体を支える強靭な足腰……抱きしめられたらきっと……

「桃様、流石にその格好は失礼かと……」

気を利かせた犬飼健の言葉にサンドリヨンは我に返った。

「おお、すまぬサンドリヨン殿。朝稽古の途中だった故、失礼いたした」

「い、い、い、いえ、早く来すぎた私が悪かったのです。吉備津彦様のせいではありません!」

頭を下げる吉備津彦にサンドリヨンは顔を赤らめたまま答えた。

「桃様ー、おはようございま……あーっ!」

女性の声。この邸内で女性といえば

「おお、留玉臣。ちょうど良かった。サンドリヨン殿を厨(くりや)へ案内してくれ」

「ええー、どういう事なんですかーっ!?」

吉備津彦の言葉に事態が呑み込めないようで留玉臣が叫ぶ。

「桃様がサンドリヨン様おせち料理を教えるのだそうだ。だから……」

「反対! 絶対反対! 桃様のおせちを作るのは私の仕事!」

犬飼健の説明を遮って再び留玉臣が叫ぶ。

「すまんな留玉臣。サンドリヨン殿と約束したのだ。おせち料理というものがどういうものか知りたいと言われたのでな。約を違える訳にはいかぬ」

「………………桃様がそうまでおっしゃるのでしたら」

渋々ながらも頷く留玉臣。

「じゃあ、こっち来てよ。下ごしらえから教えるから」

「はい、よろしくお願いします」

サンドリヨンは素直について行く。

「……絶対に認めないんだから」

留玉臣のつぶやきはサンドリヨンには聞こえなかったようで二人はそのまま台所に入っていった。

 

「まずはこれに着替えて貰うわ」

そう言って留玉臣が差し出したのは割烹着。

「台所だと色々汚れるから……」

「ああ、ご心配なく。ちゃんとエプロンを用意してきましたから」

サンドリヨンは懐()からエプロンを取り出して着用した。

浮いている。

「…………悔しくなんて……くっ」

なにかに悔しがる留玉臣に不思議に思いながらサンドリヨンは髪をまとめる。頭には白い三角巾。灰かぶり隊で先輩方の世話をしていた頃の懐かしいスタイル。

「用意できました」

堂々と立つ姿も綺麗だ。それに大きい。

そうこうしている内に吉備津彦が割烹着で現れた。

「うむ、お待たせした。では始めようか」

「はい、よろしくお願いします」

「ではまずおせちと言えば黒豆だな。まず……」

「圧力鍋に出来てます」

留玉臣が平然という。

「うむ、では数の子を」

「だし汁に漬けてあります」

「それでは田作り」

「ごまめならあぶりましたよ」

「ならば昆布巻」

「初心者じゃかんぴょう結べないと思いますので無理です」

容赦ない留玉臣の却下に気まずい空気が場を支配した。

「さあ、分かったでしょう。もうやることないんですからサンドリヨン様には申し訳ありませんがお帰りいただいて……」

「おーい、栗きんとん用の栗もらってきたぞー」

楽々森彦が空気を読まずに飛び込んできた。

「お、おお、楽々森彦、ちょうど良かった。よし、サンドリヨン殿。では栗きんとんを作ろうではないか」

「は、はい!」

恨みがましい目を楽々森彦に向ける留玉臣。そんな彼女を「嫗様がお呼びだよ」と楽々森彦が引きずっていき、二人の共同作業が始まった。

 

「まずはさつまいもだ。これを茹でて潰すのだ」

「わかりました。このまま茹でると煮えにくいので薄く切りましょう」

サンドリヨンが包丁でさつまいもを薄くスライスして鍋に入れていく。

「潰すのは俺がやろう。ふんぬ!」

茹で上がったさつまいもをまな板の上に載せて叩き潰す。

勢い余ってまな板まで破壊したァ!

「や、やり過ぎでは?」

「うむ、少し力が入りすぎてしまったようだ。では、この潰れたさつまいもをザルに通すのだ」

「ああ、ピュレですね」

料理勘のあるサンドリヨンなので吉備津彦の大雑把な説明でもなんとかなるようだ。

「栗は甘く煮ておくのだ」

「甘く煮る……グラッセでしょうか?」

手際良く動くサンドリヨンに感心する吉備津彦

それにしても……美しい。外見だけでなく所作の一つ一つが洗練されているのだ。まるで舞踏会で踊るように滑らかな動き。一部主張が激しい部分もあるようだが……

「あとは何をすれば?」

そこまで考えてサンドリヨンに見蕩れていた自分に気づいた吉備津彦

「あとは細かくなったさつまいもに砂糖を入れて煮るだけだ」

「でも、それでは味が……そうだ!」

サンドリヨンは懐()から生クリームを出して混ぜ始めた。ホイッパーをかきまぜる度に主張の激しい部分がたわわに揺れる。

「そしてこれも」

続いて取り出したのはバター。

「お菓子作りでも生クリームとバターがあればより美味しくなりますから」

と言いながらサンドリヨンは栗きんとんに生クリームとバターを加えていった。

 

「さて、出来たようだな」

吉備津彦とサンドリヨンは煮詰まった鍋を覗き込んだ。甘い匂いが漂ってくる。

「味見してください」

サンドリヨンが小皿にとって吉備津彦に差し出す。

「どれ……うむ、これはコクがあって美味いな。今まで食べた栗きんとんで一番だ」

驚いた様に吉備津彦は言う。

「正直、栗きんとんは和の物。そこに洋の物を入れてもなあ、などと思っておったのだが。許せ」

深々と吉備津彦は頭を下げる。

「私こそ思いつきで入れてしまい申し訳ありませんでした。でも……」

微笑みながらサンドリヨンは言う。

「洋のモノと和のモノ。深く結びつく事もあるのです。こういうのをフランスではマリアージュと言って……」

そこまで言って気づいた。マリアージュ。すなわち「結婚」。恐らく吉備津彦は分かってないと思うが……

「なるほど、マリアージュというのか。良いものだな、マリアージュというのは。俺とサンドリヨン殿が共に戦うのもマリアージュと言えなくもないな!」

なんてセリフを吐かれた日には……

気絶しそうな意識を押さえつけながらサンドリヨンは微笑み返すのが精一杯だった。

もうあと少しで新しい年が始まろうとしていた。来年も良い年になるといい。そんな事を誰もが思いながら年も暮れていくのだった。

 

 

おせち

年の瀬も迫ったある日、吉備津彦は大量の荷物を抱え家路についていた。

「留玉臣め、こんなに荷物を持たせおって……」

ブツブツ言いながらバランスを取る。

「あら、吉備津彦様」

サンドリヨンに声を掛けられたのはそんな時だった。

「おお、サンドリヨンか。すまんが今手が放せなくてな」

荷物の山に埋もれている吉備津彦が言う。

「お手伝い……しましょうか?」

「なんの、力仕事は男の仕事だからな」

サンドリヨンの申し出を断る吉備津彦。男ならば譲れない一線があるのだ。

「しかしすごいお荷物ですね。レヴィヨンの準備ですか?」

「ん? れびよんとやらはわからんが、これは正月のおせちの材料よ」

「おせち……?」

「おうよ、正月には皆で集まりおせちを食べるのだ」

吉備津彦の周りにはたくさんの人がいつも居る。留玉臣、楽々森彦、犬飼健はもとより怪童丸や火遠理、かぐやなど男も女も集まってくる。快活な吉備津彦だからこそなのだろうが……。

「うらやましい……ですね」

寂しそうにつぶやくサンドリヨン。

「……お主も来るか?」

少しの間の後に吉備津彦が聞く。

「はい、喜んで!」

サンドリヨンの顔に笑が咲き誇った。

 

そして迎えた一月一日。サンドリヨンは吉備津彦亭の前に居た。

「あけましておめでとうございます」

吉備津彦に教わった新年の挨拶をして中に迎え入れられる。

「おお、あけましておめでとう。今年もよろしく頼み申す」

吉備津彦様おひとりですか?」

いつもはお供が居るのに、と思いながら聞いてみる。

「あやつらは今他の客を呼びに行かせておるのだ。まもなく皆集まろう」

「そうですか……」

という事は二人きりという事では?

サンドリヨンの胸が高鳴る。吉備津彦もその事に気づいたのか場が少しの間静寂に包まれる。

「お、おお、そう言えばサンドリヨン殿はおせちを見たことがないと言っておったな。では今のうちに見ておくが良い」

吉備津彦はそう言うとサンドリヨンを居間へと案内した。

 

今のちゃぶ台の上には五段の蒔絵の重箱が置かれていた。

「これが、おせち……ですか?」

不思議そうにしているサンドリヨンに吉備津彦は「まあ見ておれ」と重箱を広げた。

「すごいです……一つ一つの料理が、宝石のように……綺麗ですね」

キラキラと目を輝かせながらサンドリヨンは言った。

「私でも……作れるでしょうか?」

「うむ、ならば俺が色々と教えてやろう。作り方はわからんが一つ一つの意味するところならば話せるからな」

「ええ、是非!」

これで他の人が来るまでの話題が出来た。そう思う二人であった。

 

一の重

「ずいぶんと小さい魚ですね」

「おお、それは田作りと言ってな、片口イワシ幼魚だ。五穀豊穣を願っておる」

吉備津彦の声をこんなに聞く機会がサンドリヨンにあっただろうか。こんな時間がいつまでも続けばいいと思いながらサンドリヨンは聞いていく。

「では、この綺麗な小さなつぶつぶのものは?」

「それは数の子と言って魚の卵でな。子孫繁栄を願うものだ」

「子孫繁栄……」

サンドリヨンの脳裏には赤ん坊を抱えた自分とその後から覗き込んでいる凛々しい父親の姿。

また、吉備津彦の脳裏には赤ん坊を抱えた優しげな母親とその後から覗き込んでいる自分の姿。

示し合わせたように映っていた。

「つ、次に行くぞ!」

我に返ったのは吉備津彦の方が早かったようだ。次の重の説明に移った。

 

二の重

「鯛にブリ、それに海老ですね」

「鯛はめでたいに、ブリは出世に、海老は長生きに繋がるのだ」

「めでたく出世して長生き……お互い長生き出来るといいですね」

闇の軍勢との戦い。下手をしたらもう戻ってこれないかもしれない。だからこう思うのはとても自然な事なのだ。

「うむ、俺もお前と共に長生きしたいものだ」

だから吉備津彦のそんな言葉も自然な事なのだ。

「えっ?」

真っ赤になったサンドリヨンに吉備津彦は自らが言った意味を悟り……沈黙が場を支配する。

ボーン。一時の鐘が鳴った。

「さ、さて、まだまだ重箱は残っているからな」

 

三の重

「これは蓮根……ですか?」

「そうだな。穴が空いているから先を見通すと言われている。あと、多産という意味も……」

………………

「あ、こちらはおいもですね。見たことないような……」

「お、おお、それは八つ頭と言ってな、たくさんの小芋がつくことから子孫繁栄を……」

………………

「こ、これはごぼう、ですね」

「そ、そうだな。根を張るところから家系が代々続くと言う意味が……」

………………

「つ、次の重に参ろう!」

 

与の重

「これは、人参と大根ですね」

「おお、紅白なますか。平和や平安を祈るものだな」

二人共に闇の軍勢と戦う日々、だからこそ一番希求して止まないのだろう。もし、平和になればその時は……

「さて、では最後の重だな」

 

五の重

「これは……空っぽですね」

「その通り。ここにはこれから福を詰めていくのだ」

「福を詰める……」

二人は願わずにいられない。平和な世界を。そんな世界を共に歩む事を……

「サンドリヨン」

吉備津彦がしっかりとサンドリヨンを見つめてくる。

「その、もし、お主さえ良ければ、この福を共に……」

「え……?」

サンドリヨンの顔が熱くなるのがわかる。そんな日が来ればいいと……

「俺はお主がs「たっだいま戻りましたーっ」」

楽々森彦の元気な声が響く。続けて入ってきたのは怪童丸だ。

「ヤァヤァあけましておめでとう。おっ、美味そうなおせちじゃねえか。先に食っちまおうぜ!」

「お、おう、そうだな。とっておきの酒を用意している。今持ってこよう」

吉備津彦は台所へと向かった。残されたサンドリヨンは……

「お、サンドリヨンのお姫さんじゃねえか。どしたい、真っ赤じゃねーか。もう酔っ払ったのか?」

不思議そうに聞いてくる怪童丸に双剣を携え……

「煌け、我が閃光の刃よ!」

どんがらがっしゃーん。

今年もいい一年になりそうだ。楽々森彦は傍で眺めながらそう思わずにはいられないのだった。

 

マッチ戦隊リンリンジャー 第三話

迫り来る悪の軍勢、ヴィラン。童話世界を侵略しようと様々な物語から侵略してきた。
そう、童話世界は今、滅亡の危機に瀕していた。そんな中輝く一筋の希望の光。

それが、マッチ戦隊リンリンジャーである!
「炎の続く限り、片っ端から相手になりますわ!」

第三話 出会いそして別れ
暖かな春の日差しが辺りを包み込む午後のひととき。その女性はオープンスペースとなったカフェのテーブルに座り言った。
「ところでここは喫茶店、でよろしいのでしょうか……」
見目麗しい黄金色の髪が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。そしてスラリと伸びた足、姿勢の良い立ち居振る舞い、豊かな胸元、まさに美女とも言うべき彼女の名前はサンドリヨン。
「ああ、そうだぜ。訳あって屋根がなくなっちまったけどな」
ピーターはジト目でリンの方を睨む。リンは動じることもなく堂々としていた。
「その通りですわ。ここは喫茶店ネバーランド。そしてリンリンジャーの秘密基地ですわ!」
「いつ秘密基地になったんだよ、おい!」
ピーターの虚しい非難の声をBGM代わりに二人は会話を続けた。
「ああ、やっぱり! ここがネバーランドですか。実は妹の為にバームクーヘンを買いに来たんですけれど……
と、店内(と思わしきスペース)を見回すサンドリヨン。あまりの惨状に眉をひそめた。
「なんということでしょう……これは一体誰が……」
「全てヴィランの仕業ですわ!」
間髪入れずにリンが答えた。
「おい、ちょっとまて、それはお前がブゲラッ」
的確にSSをかましてピーターを黙らせるとリンは続けた。
「この童話世界に危機が迫ってますの。闇の軍勢ヴィラン、それを倒せるのはわたくしたちリンリンジャーだけなのですわ!」
「そうだったのですね……わかりました。私も参りましょう」
ニッコリと微笑むサンドリヨン。その時だった。
「あのー、すいません、こちらにうちの弟がお邪魔しておりませんでしょうか……」
先程と同じワニである。そしてその身体は一回り大きい。
「敵ですわー!」
反射的にリンが叫ぶとサンドリヨンは双剣をどこからともなく取り出し(そこ、おっぱいリロードとか言わない)地面に叩きつけた。
「煌け、我が閃光の刃よ!」
大地からクリスタルの様なモノが隆起し直線を描いてワニに向かって行く。
「ゑ?」
けたたましい音を立ててワニは吹っ飛んでいった。
「す、すごいですわ!」
「これが私のクリスタルスラッシュ。姉妹喧嘩の末に生み出した必殺技です」
豊かな胸を張るサンドリヨン。
「あのー、すいません」
横合いから声が掛けられた。
「これはあなたがやられた、間違い無いですかな?」
「はい、そうですけど……」
キョトンとした表情でサンドリヨンは答えた。
「私はそこの警察署のクウバと申します、すいませんがそこの事故の件についてお話を聞かせてもらえませんか?」
クウバの指さす先ではクリスタルの様なモノに車が衝突して玉突き事故を起こしていた。
「あ、あの、これは、その、正義の為でして……リンさん!」
縋るような目を向けるが力なくリンは首を振った。
「まあ、詳しい話は署の方でお聞きしますよ」
ばたん。無情に閉じるパトカーのドア。ぴーぽーぴーぽー。虚しく響くサイレン。
「また一人になってしまいましたわね」
パトカーを見送りながら寂しげに呟くリンであった。

一人の仲間と引き換えにヴィランを討ったリンリンジャー。戦え、この童話世界に平和が訪れるその日まで!(続く?)