月の下で踊り、森の中で歌う

少女は一人、砂漠の街で月を眺めていた。荒涼たる世界に明るく輝く月は優しく彼女を照らしていた。

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、そこで森の中で歌う少女。人の前に出るのが怖くて一人で.......

 

少女は一人、新緑の森で風に吹かれていた。鬱蒼(うっそう)とした世界に月の光はなかなか届かない。それでも僅かな月の光で彼女は本を読んでいた。遥か異国の地、砂漠の国のお姫様。全てを与えられることに慣れていて.......

 

「これは夢でございますねー」

 

金髪碧眼で褐色肌の少女が新緑の森で呟いた。彼女の国には森は滅多にない。少なくとも彼女は見た事なかった。新鮮な驚きに浸りつつも彼女はゆっくり歩き始めた。

 

「お話で読みました。素敵な所ですねー」

 

不思議に思いながらも少女は全く焦ってる気がしなかった。それは本で親しんだ世界だからなのかもしれない。ふと気づくと歌声が聞こえた。森の奥の方からだ。ふらふらとその歌声に吸い寄せられる様に向かうとそこには一人の少女が本を読みながら鼻歌を口ずさんでいた。

 

「あのー?」

「ひっ!」

 

鼻歌を歌っていた少女は声を掛けられた事に驚いてビクッと身体を震わせた。

 

「あのー、すみません、ここは何処なのでしょうか?」

「こ、ここは森ですけど.......」

「どんな森ですか?」

「も、もりくぼには分からないですけど.......」

「森に住んでるから森久保さんなのですか?」

「違うんですけど.......どちら様ですか?」

「私ですか? 私はライラさんですよー」

 

お互いに自己紹介を済ませるとライラさんと自称した少女は森久保の横に腰を下ろした。

 

「なんで.......こっち来るんですか?」

 

あからさまにビクッとしながら森久保は半分涙目だ。

 

「お話、しましょう」

「お話.......? もりくぼはお話苦手なんですけど.......」

「大丈夫、ライラさんは話すの大好きですよ?」

「話が通じてないんですけど.......むーりぃ.......」

 

ライラさんはゆっくりと話し始めた。自らの生活の事を。華やかで満たされた暮らし。でもそこには何か足りないと思ってしまう自分がいる。そんな話だった。一通り話を聞いて森久保は思った。読んでいた物語にそっくりな話だと。つまり、この人は妖精? それならしゃべれると。

 

「あの.......もりくぼ思うんですけど.......まるでお人形さんみたいだなって」

「お人形さんですか?」

「はい.......やりたい事はないんですか?」

「やりたい事.......考えた事もありませんでしたね」

 

鮮やかなブルーの瞳でライラさんは困ったように呟いた。

 

「それならまず、それを見つけてみるのが一番だと思います。なにか得意な事はありますか?」

「それなら歌ったり踊ったりするのが得意でございますねー」

 

そう言うとライラさんは立ち上がって歌いながら踊り始めた。澄んだ声が響き渡って、森の木々を潤しているようだ。踊りもどこか神秘的でまるで月の女神が踊っているかのようだ。

 

「すごい.......もりくぼも.......」

 

そして森久保も歌い出した。最初はライラさんの声に負けるほど弱々しく掠れた声だったが、それは徐々に大きくなってライラさんの歌声と見事なユニゾンを生み出した。そしてライラさんは森久保の手を取って立たせた。

 

月光の下、森の中で二人の少女が歌を歌い踊りを躍る。そこには人形のような無気力さも引っ込み思案で後ろ向きな気持ちも全てどこかに忘れてきたようで、ただ、二人の輝きがそこに眩しく輝いていた。いつまでもいつまでも.......

 

再び少女は一人、砂漠の街で月を眺めていた。先程までの夢に出てきたのは一体.......?

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、そこで森の中で歌う少女。もう一度会えるだろうか?

ライラさんが家を出たのはその数日後の事だった。

 

再び少女は一人、新緑の森で風に吹かれていた。先程までの夢に出てきたのは一体.......?

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、砂漠の国のお姫様。もう一度会えるだろうか?

森久保が親戚に一回だけと言われてアイドルを始める事になったのはその数日後の事だった。

 

そして二人は出会った。輝くステージの上で。

 

「ここまで来たからにはやるくぼで頑張ります.......」

「ライラさんも頑張りますです」

「一緒に歌いましょう.......あの時みたいに」

 

森久保はライラさんの手を握りしめながら緊張する自分を奮い立たせようとライラさんに言った。もしかしたらそれは森久保の夢だけの話だったのかもしれない。でも、その言葉を森久保は言わずにはいられなかった。

 

「はい、あの森の中でのステージみたいにでございますね」

 

ライラさんは森久保の手をぎゅっと握り返してそう言った。