お嬢様と私
「あなただけはいつもこの方の味方でいてね」
私が母から受け継いだ言葉。そして、産まれたての赤ん坊の前で誓った言葉。当時、まだ五歳だったけどその時の事は今でもはっきりと覚えている。
「君に似て綺麗な金髪と青い瞳だな」
「肌の色と鼻の形はあなたそっくりね」
「ああ、まるで夜空に天の川と星が輝いているようだ」
「だったらこの子の名前は.......」
そんな話を旦那様と奥様が話している横で私はその綺麗な寝顔を見ていた。
「この子が、私の.......」
代々この家に仕えてきた私の家。母は奥様と姉妹のように育ったそうだ。だからなのか私もその子と一緒に過ごして来た。その子は私の事を「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれた。可愛くないわけがない、この子のためと思えばこそ色んな事に頑張れた。
十五になった年、私は旦那様に呼ばれた。
「そろそろお前も一人前だ。公私の区別をつけてもらわねばならん」
「分かりました」
それから私はお嬢様を名前で呼ばずにお嬢様と呼ぶ事になった。お嬢様はお姉ちゃんと呼んでいたが何度か窘めているうちにちゃんと呼び捨てになってくれた。とても寂しそうだったが立派なレディになってもらう為には仕方なかった。
お嬢様が十五歳の時に結婚の話が持ち上がった。旦那様は成功者で色んな氏族の方々から引く手数多だった。何よりお嬢様は美しかった。歌も楽器も踊りも全て他の人を魅了するかのような妖精の様な方だったから。
「ねえ、ちょっと聞きたいのですけど」
「どうしました、お嬢様」
「私、このままでいいのでしょうか?」
「どういう事でしょうか?」
「お父様に言われるままに結婚したくありません。もっと外の世界を見たいのです」
お嬢様の幸せが私の幸せ。裕福で優しい殿方と結婚して欲しいと思っていたがお嬢様はそういう生き方はお望みでは無いようだ。
「分かりました。お嬢様のお好きな様になさってください。私はいつもお嬢様の味方です」
私はその事をお母さんに話しました。お母さんは言いました。
「私の立場ではそれに賛成する事は出来ません。ですが奥様に話してみましょう」
奥様はお嬢様が自分の意志で行動することに賛成のようで、ちゃんと現地の学校に通う事を条件に奥様のペンパルがいらっしゃる日本への滞在を勧めてくださいました。
その夜、月がとても綺麗に私たちを照らしてくれました。旦那様が氏族の会合に行っている間に私とお嬢様は家から飛び出しました。
飛行機に乗って日本に着いた時に奥様のペンパルが迎えに来てくださいました。
「アパートを経営してるからそこにしばらく置いてあげるわ」
私とお嬢様はそこにお世話になる事にしました。家賃は払わなくていいと言われましたが「特別扱いはよくありません」とお嬢様が自分で働く決心をされました。
とは言っても日本で十六歳になったばかり、ましてや学校に行きながら働くのはなかなか難しく、紹介してもらった仕事はお嬢様には向かないものでした。
大家さんは家賃とか気にしなくていいと笑ってくださるのがお嬢様には逆に申し訳なく思った様です。私はそれなりにアルバイトを掛け持ち出来たので生活には困りませんがお嬢様は自分でも何とかしようと悩んでおられました。
ある日、お嬢様はアルバイトをクビになったとしょんぼりしていました。私は気にしなくていいと言ったのですが、お嬢様はしょんぼりしたままでした。
アルバイトの時間が迫っていたので出ましたがお嬢様のしょんぼりした姿は今でも覚えています。
私が帰ってきた時に出る時のしょんぼりはなんだったのかと思うくらいにお嬢様がニコニコしていました。
「私、アイドルをやりますですよー」
最近は家の中でも日本語を使う事が増えてなんとか日本に馴染もうとして居られました。しかし、アイドルとはなんでしょう?
「歌って踊ってご飯が食べれて家賃が払えますです」
よく分からない。でも歌ったり踊ったりはお嬢様の得意とするところ。少し様子を見てみよう。私はそう思って賛成しました。
最近のお嬢様はとても楽しそうです。前は公園でハトと話していたのが今では商店街の皆様や、他の同世代の方々、お隣に住んでる同業者の方々(リンゴなど時々おすそ分けして貰えます)とも楽しくおしゃべりしている様です。
一番仲良くしてくださってるのが同じ褐色肌の活発な女の子。ブラジル出身という事で同じ異国の出身というのが仲良くなった原因でしょうか。明るくて人懐っこいとてもいい子です。何となくお嬢様がお姉さんぶってる気がして思わず笑みが零れます。
仕事も順調そうでとてもいい事だと思います。たまには二人の時間も欲しいなと思うのはわがままな事でしょうね。そう言えば今日はお仕事がないと言っていました。二人で半分こ出来るアイスでも買って帰りましょう。
待っていてくださいね、ライラお嬢様。