迷い込んだ歌姫
音葉と聖は森の川辺で歌を歌ってる。聖は歌の練習として、音葉は気分転換としてたまに、いや、良くここに歌いに来る。
伸びやかな聖のソプラノボイスに合わせるように音葉が音を紡いでいく。
いつしか、その森は「精霊の森」と呼ばれるようになってしまった。
有浦柑奈はそんな彼女達の伴奏係。と言っても思いつくまま気の向くままかき鳴らしている所に勝手に聖と音葉が歌をあてて来るだけなのだけど。
そんな風景に森の動物たちが誘われて出てきたりするのだが、誘われてくるのは動物たちだけとは限らない。
その日、川辺に迷い込んだのは一人の少女だった。
「困りましたねー。迷ってしまいました」
キョロキョロとその碧眼の瞳を巡らせながら辺りを探る。聖と音葉の歌声が聞こえて来たのはそんな時だった。
「なんでございましょう? とても綺麗な歌でございますね」
彼女は金髪をなびかせて音の鳴るほうへと向かった。
「あー、お隣さんじゃないですか!」
茂みから現れた彼女を最初に発見したのは柑奈だった。
「お知り合い.......ですか?」
「ええ、ウチの隣にメイドさんと一緒に引っ越して来た人ですよ」
「メイドさん.......それは随分と珍しい.......ことも無いですね。うちの事務所にもメイドさん何人か居ますし」
三者三様に意見を言うが別に拒否している訳では無い。
「歌声に釣られましてつい。皆様はこちらで歌われているのですか?」
「ああ、私たちはアイドルなんです。歌うのが仕事ですからね」
「練習.......たくさん.......頑張ってます」
アイドル。その言葉を聞いて褐色肌の少女が目を輝かせた。
「アイドルならライラさんもですよー」
「えー?」
3人が3人とも素っ頓狂な声を上げた。
話を聞いてみるとどうやらプロデューサーにスカウトされて来週から事務所に来るらしい。
「という事は私たちが先輩になるんですね」
「私.......歳下なので.......そういうのは.......」
「じゃあお隣さんで後輩さんだね。よろしく!」
「はい、よろしくお願いしますです」
ひとまず緊張は無くなった。そして、柑奈が口を開いた。
「せっかくだからさ、一緒に歌わない?」
「良いのですか?」
「歌声.......楽しみ」
「じゃあ始めんねー」
柑奈がジャカジャカ音を鳴らし始めた。いつもの様な適当な音だ。音葉と聖は普段から慣れているのですっとその音に合わせる事が出来た。
「(いくらなんでもいきなりこれはないんじゃないですか、柑奈さん)」
「(まあまあ音葉ちゃん。彼女なら出来るよ。だって.......)」
そこに音の塊がぶつかって来た。しっとりとしていて透明感を持ったまるでそれは砂漠に歌うジンニーヤの様な妖艶さを秘めていた。
「隣の部屋からいつもこんな歌が聴こえてたからね」
「ふぁ.......すごい.......きれい」
聖の零した感想に音葉も大きく頷いた。
「本気で歌いましょう」
音葉が歌のトーンを一段上げた。それは砂漠を吹き抜ける風の如く、流れる雲が雨を呼ぶかの如くな響きだった。
四人の奏でる歌は本当に幻想的でそこだけが現実から切り離されたようだった。
そんな四人を現実に戻したのは拍手の音だった。
「皆様、私だけ仲間はずれは酷くないですか?」
「「「クラリスさん」」」
「ふふふ。孤児院の仕事が終わりましたので覗きに来ました。.......こちらは?」
「ライラさんはライラさんです」
「ライラさんとおっしゃるのね。私はクラリス。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますです」
クラリスとライラさんはお互いに微笑みあった。
「さて、じゃあ私もまぜてもらって一緒に歌いましょう」
「いいですね」
「はい、四人で歌うの.......久しぶり」
「聖さん、四人ではありませんよ」
「そうでした.......ライラさん.......ごめんなさい」
「いいのですよ。それよりもご一緒させてください」
そして柑奈のギターが鳴らされて五人の歌声が銀河にまで響くのだった。