おせち

年の瀬も迫ったある日、吉備津彦は大量の荷物を抱え家路についていた。

「留玉臣め、こんなに荷物を持たせおって……」

ブツブツ言いながらバランスを取る。

「あら、吉備津彦様」

サンドリヨンに声を掛けられたのはそんな時だった。

「おお、サンドリヨンか。すまんが今手が放せなくてな」

荷物の山に埋もれている吉備津彦が言う。

「お手伝い……しましょうか?」

「なんの、力仕事は男の仕事だからな」

サンドリヨンの申し出を断る吉備津彦。男ならば譲れない一線があるのだ。

「しかしすごいお荷物ですね。レヴィヨンの準備ですか?」

「ん? れびよんとやらはわからんが、これは正月のおせちの材料よ」

「おせち……?」

「おうよ、正月には皆で集まりおせちを食べるのだ」

吉備津彦の周りにはたくさんの人がいつも居る。留玉臣、楽々森彦、犬飼健はもとより怪童丸や火遠理、かぐやなど男も女も集まってくる。快活な吉備津彦だからこそなのだろうが……。

「うらやましい……ですね」

寂しそうにつぶやくサンドリヨン。

「……お主も来るか?」

少しの間の後に吉備津彦が聞く。

「はい、喜んで!」

サンドリヨンの顔に笑が咲き誇った。

 

そして迎えた一月一日。サンドリヨンは吉備津彦亭の前に居た。

「あけましておめでとうございます」

吉備津彦に教わった新年の挨拶をして中に迎え入れられる。

「おお、あけましておめでとう。今年もよろしく頼み申す」

吉備津彦様おひとりですか?」

いつもはお供が居るのに、と思いながら聞いてみる。

「あやつらは今他の客を呼びに行かせておるのだ。まもなく皆集まろう」

「そうですか……」

という事は二人きりという事では?

サンドリヨンの胸が高鳴る。吉備津彦もその事に気づいたのか場が少しの間静寂に包まれる。

「お、おお、そう言えばサンドリヨン殿はおせちを見たことがないと言っておったな。では今のうちに見ておくが良い」

吉備津彦はそう言うとサンドリヨンを居間へと案内した。

 

今のちゃぶ台の上には五段の蒔絵の重箱が置かれていた。

「これが、おせち……ですか?」

不思議そうにしているサンドリヨンに吉備津彦は「まあ見ておれ」と重箱を広げた。

「すごいです……一つ一つの料理が、宝石のように……綺麗ですね」

キラキラと目を輝かせながらサンドリヨンは言った。

「私でも……作れるでしょうか?」

「うむ、ならば俺が色々と教えてやろう。作り方はわからんが一つ一つの意味するところならば話せるからな」

「ええ、是非!」

これで他の人が来るまでの話題が出来た。そう思う二人であった。

 

一の重

「ずいぶんと小さい魚ですね」

「おお、それは田作りと言ってな、片口イワシ幼魚だ。五穀豊穣を願っておる」

吉備津彦の声をこんなに聞く機会がサンドリヨンにあっただろうか。こんな時間がいつまでも続けばいいと思いながらサンドリヨンは聞いていく。

「では、この綺麗な小さなつぶつぶのものは?」

「それは数の子と言って魚の卵でな。子孫繁栄を願うものだ」

「子孫繁栄……」

サンドリヨンの脳裏には赤ん坊を抱えた自分とその後から覗き込んでいる凛々しい父親の姿。

また、吉備津彦の脳裏には赤ん坊を抱えた優しげな母親とその後から覗き込んでいる自分の姿。

示し合わせたように映っていた。

「つ、次に行くぞ!」

我に返ったのは吉備津彦の方が早かったようだ。次の重の説明に移った。

 

二の重

「鯛にブリ、それに海老ですね」

「鯛はめでたいに、ブリは出世に、海老は長生きに繋がるのだ」

「めでたく出世して長生き……お互い長生き出来るといいですね」

闇の軍勢との戦い。下手をしたらもう戻ってこれないかもしれない。だからこう思うのはとても自然な事なのだ。

「うむ、俺もお前と共に長生きしたいものだ」

だから吉備津彦のそんな言葉も自然な事なのだ。

「えっ?」

真っ赤になったサンドリヨンに吉備津彦は自らが言った意味を悟り……沈黙が場を支配する。

ボーン。一時の鐘が鳴った。

「さ、さて、まだまだ重箱は残っているからな」

 

三の重

「これは蓮根……ですか?」

「そうだな。穴が空いているから先を見通すと言われている。あと、多産という意味も……」

………………

「あ、こちらはおいもですね。見たことないような……」

「お、おお、それは八つ頭と言ってな、たくさんの小芋がつくことから子孫繁栄を……」

………………

「こ、これはごぼう、ですね」

「そ、そうだな。根を張るところから家系が代々続くと言う意味が……」

………………

「つ、次の重に参ろう!」

 

与の重

「これは、人参と大根ですね」

「おお、紅白なますか。平和や平安を祈るものだな」

二人共に闇の軍勢と戦う日々、だからこそ一番希求して止まないのだろう。もし、平和になればその時は……

「さて、では最後の重だな」

 

五の重

「これは……空っぽですね」

「その通り。ここにはこれから福を詰めていくのだ」

「福を詰める……」

二人は願わずにいられない。平和な世界を。そんな世界を共に歩む事を……

「サンドリヨン」

吉備津彦がしっかりとサンドリヨンを見つめてくる。

「その、もし、お主さえ良ければ、この福を共に……」

「え……?」

サンドリヨンの顔が熱くなるのがわかる。そんな日が来ればいいと……

「俺はお主がs「たっだいま戻りましたーっ」」

楽々森彦の元気な声が響く。続けて入ってきたのは怪童丸だ。

「ヤァヤァあけましておめでとう。おっ、美味そうなおせちじゃねえか。先に食っちまおうぜ!」

「お、おう、そうだな。とっておきの酒を用意している。今持ってこよう」

吉備津彦は台所へと向かった。残されたサンドリヨンは……

「お、サンドリヨンのお姫さんじゃねえか。どしたい、真っ赤じゃねーか。もう酔っ払ったのか?」

不思議そうに聞いてくる怪童丸に双剣を携え……

「煌け、我が閃光の刃よ!」

どんがらがっしゃーん。

今年もいい一年になりそうだ。楽々森彦は傍で眺めながらそう思わずにはいられないのだった。