メアシュネ1

彼と出会ったのは森の中。一人戦う私に何度もちょっかいを掛けてきた。

「なあ、アンタ。ちょっと真面目過ぎるんじゃねえか?  もっと楽に生きればいいじゃねえか」

そう言って嘲笑う彼に私はいつも答える。

「別にあなたに興味ありませんから。私には戦わなくちゃいけない使命がありますもの」

襲い来る闇の軍勢、倒れていく仲間たち。

身を削りながら自分のやらなければならない事を刻んでいく。

「そんなに気を張ってたら疲れんだろ?」

いつもいつも私の周りをうろちょろしているうるさい男。そういう認識でしかなかった。

「疲れてる時は悪夢を見やすくなるって知ってるか?  何ならオレが見せてやるぜ」

「結構です。忙しいですから」

イラつきを隠しながら答える。恐らく見抜かれているのだろうが別に関係はない。どう思われようと構わないのだ。

 

「あなた、ナイトメアキッドと仲が良いそうね」

お姉様が彼の事をどこで聞きつけたのか言ってきた。

「別に……仲良くなんてありません。仲良くしたいのはお姉様だけですもの!」

お姉様は困惑した表情を浮かべて言った。

「彼は優秀な遊撃手ですもの。連携して戦えば戦果もあがるわ」

「必要、ありません!  戦場では常に1人……1人で戦い抜かなくてはいけませんもの」

ついムキになって反論してしまった。お姉様をもっと困らせてしまっただろうか?

「シュネー、これだけは覚えておきなさい。仲間を信じ、仲間と共に歩むこと。それが闇の軍勢に打ち勝つ力なのです」

諭すようにお姉様は言う。1人で戦い勝てなくてはお姉様の様になれない。当時の私はそう考えていたから少し驚いてしまった。

お姉様はいつ見ても1人で誇り高く戦っているように見えたから。

 

いつものように戦場に出て、いつものように彼は軽口を叩いていた。

「もう俺の事が気になり始めてるだろ?」

そりゃいつもいつも目障りに周りをうろつかれたらそう思うでしょ。

「なぜいつも私に構うんですの?」

問うてみた。

「決まってんだろ。アンタが気に入ったからさ。オレは気に入ったものは必ず手に入れるんだよ」

言いながら敵を倒していく彼。確かに彼と一緒に行動するようになってからは楽になった気がする。けれど、当時の私はそれを「私を弱くするもの」としか思ってなかった。

 

そして、その日はやってきた。私は森の中を進軍中に敵に囲まれた。そいつは眠りの毒をバラ撒きながらやってきた。油断。その日は彼はいなかったのだ。

「いつもいつも邪魔なヤツが警戒してたから襲撃出来なかったが、今日はおひとりのようだねえ、お姫様」

そいつがいやらしく笑うのを重くなる瞼の向こうに消し去りながら私は眠った。

 

少しカサカサした感触。目覚めると血塗れの顔で彼が、ナイトメアキッドが笑っていた。

「よう、お目覚めかいお姫さん。眠りの呪いを解くには王子様のキス……ってね」

舌先に残る鉄の味。顔に落ちてくる温かな滴……

「え? なんで……?」

「今日は別の所で食い止めてたからこっち来るの遅れちまってな。悪かった。あれ? なんだ、お前泣いてんのかよ」

彼は途切れ途切れになりがちな呼吸の合間に言う。

「どうして……こんな事を……」

「……言ったろ、悪夢を見せてやるって。まあ、これが最期だろうけどな」

彼は笑った。

「やっと、オレを見てくれたな。オレの勝ちだ。ザマァみろ」

死の匂いが漂っていた。シグルが教えてくれた匂い。この匂いのする人間はまず助からないのだと。

「なあ、今どんな気持ちだ?  サンドリヨンの事なんて頭にない。オレのことで頭がいっぱいだろ?」

そして胸の前で拳を握り

「もう俺のモノだシュネーヴィッツェン」

そして力なく拳は開き、重みが私を襲った。

 

あれから何をしていたのか覚えていない。シグルに言わせると「血塗れのナイトメアを血塗れのあなたが連れてきました。だから血塗れのお二人を適切に処置しました」だそうだ。

私は血塗れだったのでシグルが沸かしてくれたお風呂に入れられ洗われるがままになっていた。目覚めたら朝のベッドの上だったのだ。

「これは……夢? 悪夢……」

ポツリと呟く。涙が両目からこぼれ落ちた。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

頭の中をそんな感情が支配する。

いつの間に私は囚われていたのだろう、醒めない悪夢に。

「目覚めましたか、シュネー」

シグルが入ってきた。

「すみません、手は尽くしたのですがヴァルハラ行きは免れませんでした」

申し訳なさそうに言う。

「いえ、分かってましたから」

きっともう夢は見れないのだ。悪夢に囚われてしまっているのだから。

私は起き上がると装備を身につけた。戦わなければならない。彼の分まで。

「シグル、手伝って」

「了解しました。進軍開始しましょう」

そして私はまた戦場に戻る。世界を覆う闇を白く塗り替える為に。