ハレの日
「姉上はどこに行ったのだ……」
盛大にため息をつきながらアシェンプテルは廊下を歩いていた。
「ここは我らの家ではないというのに」
「おや、アシェでは無いですか。何をしているのです?」
にこやかに微笑むサンドリヨン。本当に何事も無かったかのように振舞っているがそのお腹の中には今にも産まれそうな程の新しい生命を宿していた。
「そのような身体で出歩くなど何を考えているのか……」
「でもねアシェ、床に居ると鈍ってしまいます。ですから少しでも動いて発散しないと。それに……」
今までのほやんとした表情からキリッとした表情になって言う。
「出産したらすぐにでも闇の軍勢と戦わなくてはいけません」
そう、闇の軍勢との戦いはいつ終わるともしれないのであった。
だが、そんなサンドリヨンにアシェンプテルはデコピンをかました。ズビシッと言う子気味いい音がした。
「それは姉上の考える事ではない。私だけでなくシュネーやジーン達も頑張ってくれている。何の心配もないだろう。それとも私たちに任せるのは不安か、姉上?」
「そ、そんなことは……アシェはいじわるです」
そう言われてはサンドリヨンも返す言葉がないのだろう。尻すぼみになりながらブツブツと呟いた。
「姉上、そのお腹に居るのはおふたりだけの子どもではないの。言わば私たち皆の希望なのだ」
いつになく優しげな表情を見せるアシェンプテル。
「わかりました、無理しないように部屋に戻ります」
そう言って立ち上がった時だった。腹部に激痛が走り、サンドリヨンは思わずうずくまってしまった。
「姉上!?」
苦しそうなサンドリヨンにアシェンプテルは動揺していた。
「お姉様方、何があったの……お姉様!?」
シュネーヴィッツェンが来て更に動揺した人間が増えた。
「落ち着いてください、シュネー」
ひとり冷静に同行していたシグルドリーヴァが延髄にチョップを入れる。
「とりあえず医務室に運びましょう。恐らくもう産まれそうなだけです」
生と死を司る戦乙女のシグルドリーヴァには生命誕生の兆しが伝わって来ていた。
「むう、サンドリヨン殿は大丈夫なのか?」
医務室の廊下をうろうろする吉備津彦。その表情からはいつもの剛毅さは消え失せ不安が色濃く飾っていた。
「まあ、落ち着けって桃の字」
一緒に帰還してきたキノ……怪童丸が宥める。
「別に病気とかじゃねえんだし、そんなに不安になったらサンドリヨン殿にも伝わるだろうが」
「そうじゃ。それにの」
火遠理もそれに続く。
「ワシらに出来ることは何も無い。せいぜいが神仏に祈ることじゃな」
「神仏に祈る……はっ、そうか! ならば今から水垢離を!」
「「だから落ち着け!」」
部屋の前で繰り広げられるコント、だが吉備津彦は至って真面目だった。自分の初めての子なのだ、無理もない。
「神仏の加護なら問題ない。シグルドリーヴァ殿がばるはらとかいうところに安産をお願いしておいたそうじゃ。それにオトとツクヨミ殿経由でも頼んでおる。大聖殿もおる。万に一つも抜かりはない」
火遠理が吉備津彦を諭していた。その言葉に吉備津彦も落ち着きを見せたが……
「やはり気になる!」
ダメだったようだ。
その時、力強い赤子の泣き声が屋敷中に響き渡った。
「産まれた。大丈夫。安産。母子共に健康」
手術着姿のシグルドリーヴァが扉から出てきた。その言葉を聞いて吉備津彦は部屋へと飛び込んだ。
「吉備津彦様、落ち着いてください!」
お産の手伝いをしていたシュネーヴィッツェンが吉備津彦を留めた。
「あなた……」
そしてベッドの上ではサンドリヨンが微笑んでいた。その手に抱くのは玉のような女の赤子。
「女の子でした。とても元気ですよ」
吉備津彦はサンドリヨンに近づくとそのまま手を握りしめた。
「かたじけない、かたじけない……」
何度も何度も繰り返す。和やかな空気がその場を包み込んだ。
「これで義兄上も「パパ」だな」
「おお、桃パパか、悪くねえな」
「桃パパって言い方はどうかと思うのじゃが……まあめでたいの」
「コドモ、ゲンキ。ワシ、ウレシイ」と温羅
「この慶事。我も喜ばしい」と闇吉備津
「産まれたんだって?! 大きくなったら遊んであげるー」とリトルアリス
「イロイロと教えて上げなくちゃね」とシャドウアリス
「んん……おめでとう」とミクサ
「おめでとうございます! 産着やら諸々のものは任せてくださいませ!」とリン
「うむ、生々流転。神仏の加護もあるが生命の誕生はめでたい」と大聖
「ウキキ、いいじゃねえか。酒飲もうぜ!」と美猴
「いいだろう。誕生に乾杯させてもらおう」とアイアンフック
「我ガ下ニ来ヌ様ニ、セイゼイ気ヲ付ケル事ダナ」とデスフック
「ファンタスティック! お祝いの歌を歌ってあげるね!」とシレネッタ
「私からもささやかだけどイロイロ送らせてもらうわ」とメロウ
「ほほほ、本当に玉のようなややこですね。可愛い」とかぐや
「うむ、可愛いの。あちこちに加護を頼み込んだ甲斐があったというものじゃ」とツクヨミ
「私も、子ども産みたい! 誰か旦那様になってぇー!」と祝福なのか願望なのかよく分からない事を言い始める婚活おば……深雪乃
「ああいうのを見てると子どもが欲しくなりますね」とロビン
「なんならアタシが産んでやるから。ここまで可愛くなるかはわからんけどね」とマリアン
「……可愛いわ」とスカーレット
「…………ホント可愛い……はっ、た、大したことねえなあ!」とヴァイス
「一緒に空を散歩したいぜ!」とピーター
「ふっ、やがては俺のようになるだろうな」と呪いなのか祝いなのか分からないことを言い始めるナイトメアキッド
「魔女たちのような祝福は出来ませんが私達もおめでとうと言わせてください」とドルミール
「兄さんの次に凛々しいわ……」とエピーヌ
「子どもはイイねえ。ボクも大好きだよ。1曲吹こうか?」とマグス・クラウン
「いっやー、ホンマにめでたいわ! オオモンになるで!」とドロシー
「キャハハ、気分イイから今日は切り刻まないでおくよ。一緒に遊ぼうねぇ〜」と物騒な事を言っているジュゼ
「おめでとう、祝いは魔神ちゃんに届けさせるぜ!」とジーン
「妹の事で頭はいっぱいだが、生命の誕生は素直に祝ってやろう」とマリク(NEW)
みな、それぞれの差こそあれ、サンドリヨンの出産を喜んで駆けつけて来たのだった。
「ありがとう皆さん」
あたたかい涙を零しながらサンドリヨンは答える。
「皆の者、まことにかたじけない。必ずサンドリヨン殿は幸せにしてみせる!」
はっきりと答える吉備津彦。
「違います、あなた。私たちで一緒に幸せになるのです。三人一緒に」
サンドリヨンは空を見上げて言った。
晴れ渡った空には雲一つなく、白い鳩が祝福するかのように飛び回っていた。