おせち作り(その2)
吉備津彦は悩んでいた。
かぐやがお裾分けにとおせちを持ってきてくれた。そのおせちはなるほど美味かった。
そのおせちにサンドリヨンがケチをつけたのだ。本場のフランス料理に劣る、と。
売り言葉に買い言葉。まさにそんな表現がぴったりくる言い合いだった。
サンドリヨンの育ったフランスは料理において世界三大料理の一つと言われるほどに素晴らしきもの。
しかしながら、おせちは日本古来からの風習。ならばサンドリヨンにも理解してもらわねば何かと困る。
サンドリヨンに分かってもらうには実際におせちを食べてもらう他ないが……
あいにく、かぐやのお裾分けは少量だったので食べきってしまった。
ならばまた作るしかない。
吉備津彦は決心も新たにおせちの完成を目指すこととなった。
サンドリヨンもまた悩んでいた。
他国の料理を貶める気など無い。ましてや日本料理と言えば無形の世界遺産にも認定される程の代物。敬意を払いこそすれ、文句をつけるなどありえない。
ただ、料理を作ったのがかぐやであったこと、また、その料理を吉備津彦が褒めちぎったこと、まるでかぐやと吉備津彦が夫婦のように見えたこと……
その全てが積み重なって素直でない物言いをしてしまったのだ。
「ああ、私はどうすれば……」
頭を抱えるサンドリヨン。
「いや、普通に謝れば良いだけではないか姉上」
平然とアシェンプテルが言う。
「それが出来るのなら……」
ますます落ち込む姉を鬱陶しそうに見ながら
「なら姉上がお詫びのしるしにおせちとやらを作れば良いではないか」
とアシェンプテル。
がばっ
「そう、その手があったわ!」
サンドリヨンの目に光がさした。
「いざ、作り方を求めて! 行きますわよアシェンプテル!」
「え? 私も行くのか?」
心底めんどくさいと思ったアシェンプテルであったが放っておいたあとの事を考えるとついて行った方が犠牲が少ないななどと思ってしまった。
吉備津彦は市場に向かった。自分は食べるのが専門なので何から手をつけて良いのか分からないのだ。
「オイ、キビツヒコ、ドウシタ?」
声を掛けてきたのは温羅だった。見ると何か色々買っているようだ。
「おお、温羅殿。少し買い物をな。そなたこそ何をしているのだ?」
「ワシ、オセチ、ツクル。ダカラ、カイモノキタ」
「む、おせちをそなたが作るのか?」
意外そうに吉備津彦は言う。
「ワシノオセチ、ソンナニウマクナイ。デモ、アソヒメヨロコブ。ワシ、ソレガウレシイ」
穏やかに笑う。
その笑に気付かされた。上手い下手ではない。作ったことない等と泣き言を言っても仕方ないのだ。真心を込めれば気持ちは伝わる。
「かたじけない、温羅殿。大事なことを思い出せた」
「ソウカ。ガンバレ」
温羅はそう言うと市場の向こうへ去っていった。
「よし、やってみせる。まずは材料だ!」
吉備津彦はやる気を取り戻したのだった。
「それで、わしのところに来た訳じゃな?」
面倒くさそうに火遠理は言う。
「おせちに海産物はつきもの。火遠理殿の御力添えを是非!」
「まあ鯛やら海老やら余ってるのは余っておるが……」
「が?」
「お主、料理出来るのか?」
「いや、皆目。だが真心を込めれば道は開ける!」
あまりの勢いに火遠理は頭を抱えた。
「いきあたりばったりにもほどがあるわ! その刀で料理するつもりか?!」
「無論。これは俺が一番長く使ってきた刃物だからな。どんな具材でも両断出来る!」
「……わかった。わしも手伝おう。とりあえず魚介類の調理は任せよ。お主はほかのものを調達してくるがよい」
言っても無駄と見て諦めた様子で火遠理は言った。
「おお、かたじけない。それでは山菜を取りに参る!」
そう言うと吉備津彦は山に一目散に駆け上った。
一方その頃、サンドリヨンはおせちについての情報を集めていた。
「おせち? 知らないにゃー」
「おせち? そんな事よりお茶会しようよ!」
「……おせち? ……あったかくて美味しいのかな?」
「あら、お姉様。おせちよりもチキンやターキーの方が美味しいのですわ!」
四者四様の答えが返ってきた。
「姉上、明らかに人選を間違えていると思うのですが……」
「ええ、アシェンプテル。私もそう思えて来ました」
と、その時。
「お困りの様ですわね、お姉様!」
登場する影一つ。シュネーヴィッツェンである。
「お姉様がお困りとあらばたとえ火の中水の中……」
「まあ、シュネー。あなたはおせちを知っているのですか?」
「おせち……? え、ええ、知っていますわ!」
明らかに知らない様子なのだが必死なサンドリヨンには分からない。
「教えてください! 吉備津彦様に美味しいおせちを食べさせないといけないのです」
その時、シュネーヴィッツェンに電光走る。
「ええ、ええ、全て理解しましたわ。お任せ下さい、お姉様」
にこやかな表情のシュネーヴィッツェン。
「まず、日本のお正月ではお酒を飲むと申します。ですから日本酒に合うようなフルーツの盛り合わせ。これくらいならお姉様でも大丈夫!」
「そうですわね。それくらいが無難かも知れませんわね」
「では、この果物の王様と言われるドリアンを……」
「殺る気満々ではないか!」
アシェンプテルがクリスラでツッコミを入れる。
「だって……お姉様お手製のお料理を汚らわしい男に食べさせるなんて考えただけで吐き気がするではありませんか! ならばその前に抹殺したところで何の不都合が……」
コブを擦りながら答えるシュネーヴィッツェンの頭を何者かが掴んだ。
「……正月は餅のせいで忙しい。仕事増やされると困る」
シグルドリーヴァだった。
「……そんなに暇なら友達として書類仕事手伝って」
「そ、そんなぁ、お姉様、お姉様ぁ!」
悲痛な叫びを残してシュネーヴィッツェンは退場して行った。
去り際にシグルドリーヴァ。
「餅は餅屋。和食の事なら日本人に聞けばいい。それに婚活中の人ならきっと料理も得意」
ビシッと親指を立ててアドバイスを残してくれた。
「婚活中……そうかっ!」
サンドリヨンは天啓を得たかのように走り去った。
怪童丸が晩飯を煮込んでいた時に吉備津彦は現れた。
「おう、どしたいどしたい?」
「うむ、少し頼みがあってな。おせち用の食材を分けて欲しいのだ」
「おせち用ってーと豆に栗、それから大根、人参、ごぼうってところか? いったいどうしたい?」
「うむ、実はな……」
吉備津彦は今までの話を一通り説明した。
「ふむ、事情はわかった。けどよぉ、桃の字、あんた料理なんてしたことねえだろうが。料理なんて一朝一夕に身につくもんじゃねえ。あんたが作る必要はねえんだぜ」
材料を渡してくれながら怪童丸は言う。
「なんかもっといい手があるとオレっちは思うがねぇ」
「おせち? 作れるわよ」
あっさりと答える深雪乃。
「でもいきなりどうしたの?」
「実は……」
サンドリヨンは今までの経緯を話し始めた。最初はにこやかに聞いていた深雪乃だったが、話が進むにつれ顔がひきつっているのが見て取れた。
「ふうん……愛しい殿方に……おせちを……ねえ……」
「い、愛しいだなんてそんな……」
気付かず顔を赤らめるサンドリヨン。らやら「……あ」
アシェンプテルは気付いた様だったが遅かった。
「私にそんな話をするなんてイヤミのつもりー?!」
深雪乃の周りに雪が煌めいて爆発したのはその後すぐであった
「散々な目に会いました……」
「姉上……ここは素直に吉備津彦様に謝られては?」
「許して……くれると思いますか?」
「……多分」
と言いながら吉備津彦邸の前に来たところで材料を持った吉備津彦とばったりであった。
「あ、あの、吉備津彦様……」
そんなサンドリヨンの気を知ってか知らずか吉備津彦は言った。
「おお、サンドリヨン殿。丁度良い。おせちの材料を貰ってきたものの俺では作れぬ。手伝って貰えないだろうか?」
「え……? はい、喜んで!」
「かたじけない。ではこちらへ」
と二人はアシェンプテルを残して消えていった。
「案ずるより産むが易し、というやつだな」
サンドリヨンは料理自体は得意だから大丈夫だろう。アシェンプテルは微笑みながら姉と吉備津彦が上手くいくようにと願ったのだった。