狐瓜町商店街の不動産屋さん

「いらっしゃい」

 

その日、最初のお客は金髪碧眼の少女とメイドだった。

うちは商店街の端っこにある不動産屋。いつもの土地のメンバーならだいたい頭に入ってる。つまるところ余所者だ。

 

「あの、部屋を、借りたいのデス」

 

たどたどしい日本語でメイドさんが話し掛けてきた。外国人? 面倒はごめんなんだが。

 

「ああ、はい。話を聞きましょう。そっちのお嬢様も座ってください」

 

言われた少女はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「あの、ライラ様はまだ日本語が理解できませんで」

 

なるほと。その少女、ライラという子は交渉相手ではないらしい。では条件を聞こう。

 

「あんたら、誰か保証人は居るか?」

「ホショウニン.......?」

「そうだ。なんかあった時に責任が取れる人だ」

「いえ、そのような人は.......」

 

はてさて困った。どうやら流れ物らしい。絶対になにか厄介事を抱えている。どっかのお姫様で親に望まぬ結婚をさせられそうになって家出して来たとかそういうやつだ。いや、さすがに飛躍しすぎか。それほどまでにこのライラとかいう少女は美しい。だけど、置物みたいな美しさではなくしっかりと意志を持っている様だ。

 

「予算はいくらぐらいで?」

「それが.......この程度なんだが」

 

低予算。さすがに王族とかお金持ちではなかったか?

いや、家出ならこんなものだろう。

 

「これで二人部屋か.......少し厳しいな」

「どんな所でも構いません。お願いします。たとえ、この身を犠牲にしても.......」

 

おいおい、それじゃあまるでどっかのエロ同人じゃないか。悪いが私は陵辱や脅迫には興味が無い。

 

「さすがに日本では人身売買なんかはやってないからな。そういや仕事は何を?」

「それが.......日本に来たばかりで仕事などは」

 

住所不定無職で家を借りるとなるとかなりな難易度だ。しかも、住所不定なら職に就くのも難しい。どうしたものか.......

 

「なあ、あんたら。質問していいか?」

「はい、なんでしょう?」

「なんで、ここに来ようと思ったんだい?」

「それは.......ライラ様がここがいいと仰ったからです」

 

その少女が?

そりゃあまたおかしな話だ。うちの不動産屋は女の子ウケする様なものは何も無いんだが。

 

「ライラ様がこちらから暖かい気持ちが流れて来ると」

 

その言葉を聞いて私は思わず口をあんぐりと開けてしまった。そして込み上げてくる笑い。何だこの気持ちの良さは。只者ではないな。

そうして私が彼女を見ると彼女は少し首を傾げながらニッコリと微笑んだ。

これは参った。降参だ。

 

「やれやれ仕方ない。まさか放り出す訳にもいかんしな。問題を起こさないと約束してくれるならアパートとそうだな、働き口を紹介しよう。そっちのお嬢様にもコンビニ辺りで働いてもらった方がいいかな?」

「良いのですか?」

「勘違いせんでもらおう。家賃を取りはぐれないように仕事してもらわないと困るだけだ。ちょっと連絡するからそこで待っていなさい」

 

私は受話器を手に取ってダイヤルを回した。確か、変わり者の大家がやってるアパートがあったハズだ。そこに入れてしまおう。礼金はそいつから取るか。

 

「ああもしもし、久しぶりですね。実はお宅のアパートに入居させたい人が居ましてね」

 

それが私たちの商店街の本当の始まりになるとは私は気付いても居なかった。

月の下で踊り、森の中で歌う

少女は一人、砂漠の街で月を眺めていた。荒涼たる世界に明るく輝く月は優しく彼女を照らしていた。

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、そこで森の中で歌う少女。人の前に出るのが怖くて一人で.......

 

少女は一人、新緑の森で風に吹かれていた。鬱蒼(うっそう)とした世界に月の光はなかなか届かない。それでも僅かな月の光で彼女は本を読んでいた。遥か異国の地、砂漠の国のお姫様。全てを与えられることに慣れていて.......

 

「これは夢でございますねー」

 

金髪碧眼で褐色肌の少女が新緑の森で呟いた。彼女の国には森は滅多にない。少なくとも彼女は見た事なかった。新鮮な驚きに浸りつつも彼女はゆっくり歩き始めた。

 

「お話で読みました。素敵な所ですねー」

 

不思議に思いながらも少女は全く焦ってる気がしなかった。それは本で親しんだ世界だからなのかもしれない。ふと気づくと歌声が聞こえた。森の奥の方からだ。ふらふらとその歌声に吸い寄せられる様に向かうとそこには一人の少女が本を読みながら鼻歌を口ずさんでいた。

 

「あのー?」

「ひっ!」

 

鼻歌を歌っていた少女は声を掛けられた事に驚いてビクッと身体を震わせた。

 

「あのー、すみません、ここは何処なのでしょうか?」

「こ、ここは森ですけど.......」

「どんな森ですか?」

「も、もりくぼには分からないですけど.......」

「森に住んでるから森久保さんなのですか?」

「違うんですけど.......どちら様ですか?」

「私ですか? 私はライラさんですよー」

 

お互いに自己紹介を済ませるとライラさんと自称した少女は森久保の横に腰を下ろした。

 

「なんで.......こっち来るんですか?」

 

あからさまにビクッとしながら森久保は半分涙目だ。

 

「お話、しましょう」

「お話.......? もりくぼはお話苦手なんですけど.......」

「大丈夫、ライラさんは話すの大好きですよ?」

「話が通じてないんですけど.......むーりぃ.......」

 

ライラさんはゆっくりと話し始めた。自らの生活の事を。華やかで満たされた暮らし。でもそこには何か足りないと思ってしまう自分がいる。そんな話だった。一通り話を聞いて森久保は思った。読んでいた物語にそっくりな話だと。つまり、この人は妖精? それならしゃべれると。

 

「あの.......もりくぼ思うんですけど.......まるでお人形さんみたいだなって」

「お人形さんですか?」

「はい.......やりたい事はないんですか?」

「やりたい事.......考えた事もありませんでしたね」

 

鮮やかなブルーの瞳でライラさんは困ったように呟いた。

 

「それならまず、それを見つけてみるのが一番だと思います。なにか得意な事はありますか?」

「それなら歌ったり踊ったりするのが得意でございますねー」

 

そう言うとライラさんは立ち上がって歌いながら踊り始めた。澄んだ声が響き渡って、森の木々を潤しているようだ。踊りもどこか神秘的でまるで月の女神が踊っているかのようだ。

 

「すごい.......もりくぼも.......」

 

そして森久保も歌い出した。最初はライラさんの声に負けるほど弱々しく掠れた声だったが、それは徐々に大きくなってライラさんの歌声と見事なユニゾンを生み出した。そしてライラさんは森久保の手を取って立たせた。

 

月光の下、森の中で二人の少女が歌を歌い踊りを躍る。そこには人形のような無気力さも引っ込み思案で後ろ向きな気持ちも全てどこかに忘れてきたようで、ただ、二人の輝きがそこに眩しく輝いていた。いつまでもいつまでも.......

 

再び少女は一人、砂漠の街で月を眺めていた。先程までの夢に出てきたのは一体.......?

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、そこで森の中で歌う少女。もう一度会えるだろうか?

ライラさんが家を出たのはその数日後の事だった。

 

再び少女は一人、新緑の森で風に吹かれていた。先程までの夢に出てきたのは一体.......?

彼女は手に本を持っていた。遥か異国の地、砂漠の国のお姫様。もう一度会えるだろうか?

森久保が親戚に一回だけと言われてアイドルを始める事になったのはその数日後の事だった。

 

そして二人は出会った。輝くステージの上で。

 

「ここまで来たからにはやるくぼで頑張ります.......」

「ライラさんも頑張りますです」

「一緒に歌いましょう.......あの時みたいに」

 

森久保はライラさんの手を握りしめながら緊張する自分を奮い立たせようとライラさんに言った。もしかしたらそれは森久保の夢だけの話だったのかもしれない。でも、その言葉を森久保は言わずにはいられなかった。

 

「はい、あの森の中でのステージみたいにでございますね」

 

ライラさんは森久保の手をぎゅっと握り返してそう言った。

迷い込んだ歌姫

音葉と聖は森の川辺で歌を歌ってる。聖は歌の練習として、音葉は気分転換としてたまに、いや、良くここに歌いに来る。

伸びやかな聖のソプラノボイスに合わせるように音葉が音を紡いでいく。

いつしか、その森は「精霊の森」と呼ばれるようになってしまった。

 

有浦柑奈はそんな彼女達の伴奏係。と言っても思いつくまま気の向くままかき鳴らしている所に勝手に聖と音葉が歌をあてて来るだけなのだけど。

そんな風景に森の動物たちが誘われて出てきたりするのだが、誘われてくるのは動物たちだけとは限らない。

 

その日、川辺に迷い込んだのは一人の少女だった。

 

「困りましたねー。迷ってしまいました」

 

キョロキョロとその碧眼の瞳を巡らせながら辺りを探る。聖と音葉の歌声が聞こえて来たのはそんな時だった。

 

「なんでございましょう? とても綺麗な歌でございますね」

 

彼女は金髪をなびかせて音の鳴るほうへと向かった。

 

「あー、お隣さんじゃないですか!」

 

茂みから現れた彼女を最初に発見したのは柑奈だった。

 

「お知り合い.......ですか?」

「ええ、ウチの隣にメイドさんと一緒に引っ越して来た人ですよ」

メイドさん.......それは随分と珍しい.......ことも無いですね。うちの事務所にもメイドさん何人か居ますし」

 

三者三様に意見を言うが別に拒否している訳では無い。

 

「歌声に釣られましてつい。皆様はこちらで歌われているのですか?」

「ああ、私たちはアイドルなんです。歌うのが仕事ですからね」

「練習.......たくさん.......頑張ってます」

 

アイドル。その言葉を聞いて褐色肌の少女が目を輝かせた。

 

「アイドルならライラさんもですよー」

「えー?」

 

3人が3人とも素っ頓狂な声を上げた。

話を聞いてみるとどうやらプロデューサーにスカウトされて来週から事務所に来るらしい。

 

「という事は私たちが先輩になるんですね」

「私.......歳下なので.......そういうのは.......」

「じゃあお隣さんで後輩さんだね。よろしく!」

「はい、よろしくお願いしますです」

 

ひとまず緊張は無くなった。そして、柑奈が口を開いた。

 

「せっかくだからさ、一緒に歌わない?」

「良いのですか?」

「歌声.......楽しみ」

「じゃあ始めんねー」

 

柑奈がジャカジャカ音を鳴らし始めた。いつもの様な適当な音だ。音葉と聖は普段から慣れているのですっとその音に合わせる事が出来た。

 

「(いくらなんでもいきなりこれはないんじゃないですか、柑奈さん)」

「(まあまあ音葉ちゃん。彼女なら出来るよ。だって.......)」

 

そこに音の塊がぶつかって来た。しっとりとしていて透明感を持ったまるでそれは砂漠に歌うジンニーヤの様な妖艶さを秘めていた。

 

「隣の部屋からいつもこんな歌が聴こえてたからね」

「ふぁ.......すごい.......きれい」

 

聖の零した感想に音葉も大きく頷いた。

 

「本気で歌いましょう」

 

音葉が歌のトーンを一段上げた。それは砂漠を吹き抜ける風の如く、流れる雲が雨を呼ぶかの如くな響きだった。

 

四人の奏でる歌は本当に幻想的でそこだけが現実から切り離されたようだった。

 

そんな四人を現実に戻したのは拍手の音だった。

 

「皆様、私だけ仲間はずれは酷くないですか?」

「「「クラリスさん」」」

「ふふふ。孤児院の仕事が終わりましたので覗きに来ました。.......こちらは?」

「ライラさんはライラさんです」

「ライラさんとおっしゃるのね。私はクラリス。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いしますです」

 

クラリスとライラさんはお互いに微笑みあった。

 

「さて、じゃあ私もまぜてもらって一緒に歌いましょう」

「いいですね」

「はい、四人で歌うの.......久しぶり」

「聖さん、四人ではありませんよ」

「そうでした.......ライラさん.......ごめんなさい」

「いいのですよ。それよりもご一緒させてください」

 

そして柑奈のギターが鳴らされて五人の歌声が銀河にまで響くのだった。

桜の頃

「おー、綺麗ですねー」

 

ライラが帰りに通った川沿いの土手で声を上げた。桜かあ。私はしみじみと言った。おそらくドバイにいた頃は見たこと無かったのだろう。日本のやり方を教えてあげなければ。

 

「日本ではね、桜を見ながら食べたり飲んだりするんだよ」

「おー」

「どうだい、壮観だろう。こんな景色は世界ひろしといえど日本ぐらいしか.......」

「ブラジルにもあるゾ」

「香港も小さいケドお花見出来るヨー」

 

一緒に後部座席に乗ってるナターリアと菲菲が話し出した。

 

「ライラさんだけ花見したことないですね」

「じゃあ、今カラしようヨ!」

「待つネ。そういう事なら私が腕にヨリを掛けて料理作るヨー」

「ヨーシ、じゃあナターリアは人集めて来る!」

 

ナターリアと菲菲が車から飛び出して行ってしまった。やれやれ。思い立ったら行動するそのエネルギーは見上げたものだ。ライラはあの二人ほど行動的では.......いや、そんな事はない。何しろドバイから親に反抗して逃げ出して来たのだ。よっぽどの行動力の持ち主じゃないか。

 

「ちょっと車を停めてくるから、ここで待っててくれ。ほら、アイス」

「おおー、すごいです。ライラさんの欲しいものを当ててしまいました」

 

私は仕事終わったあとにみんなで食べるつもりだったアイスをライラに渡した。

 

車を停めて戻って来るとライラはただ桜の中に佇んでいた。アイスはもう食べたのだろう。どこにも見当たらない。だが、そんな事はどうでもいい。桜舞い散る午後の川辺に恐ろしい程にライラが映える。りあむの奴がライラの事を「天使、尊い」とか言っていたが本当に天使の羽が抜けて周りに舞っている様だ。物憂げに(おそらく本人はぼーっとしてるだけだろうけど)桜の花びらを見ているライラの瞳は水晶の様に輝いていた。

 

「ぷろでゅーさー殿?」

「ああ、すまんすまん。遅くなった。随分見入っていたんだな」

「はい。とても綺麗です。パパやママに見せてあげたい」

 

今はまだ、そのときではない。でも、いつかきっとライラと一緒に胸を張ってドバイの両親に会いに行けると信じている。

 

「オーイ」

 

ナターリアが色んな人を連れてきた。いや、連れて来過ぎじゃないかな?

 

「もう、プロデューサーさん、飲むなら教えてくれればいいのに」

「遠慮しないで飲むわよ」

「シノはいつも遠慮してないゾ?」

「何この美人の集まり。ボクが最底辺じゃん。めっちゃやむ!」

「#花よりアイドル #うわばみ」

「皆、ほらもっとたのしくやるんご!」

 

最早収拾がつきそうにない。

 

「ミンナー、ご飯作って来たヨー」

 

そこに菲菲の手料理が到着。大人組はそれをつまみに持参したお酒を楽しんでいる、。

 

「ぷろでゅーさー殿ー」

「どうした?」

「いつかきっと.......」

「そうだな。その時は一緒だ」

「私も一緒だヨ」

 

ひょこっとナターリアが顔を出した。

 

「こないだはリオを見せたから今度はライラの番!」

「おおー、それは楽しみなのです」

 

そして二人はしばらく桜を見ていたのでした。

お嬢様と私

「あなただけはいつもこの方の味方でいてね」

 

私が母から受け継いだ言葉。そして、産まれたての赤ん坊の前で誓った言葉。当時、まだ五歳だったけどその時の事は今でもはっきりと覚えている。

 

「君に似て綺麗な金髪と青い瞳だな」

「肌の色と鼻の形はあなたそっくりね」

「ああ、まるで夜空に天の川と星が輝いているようだ」

「だったらこの子の名前は.......」

 

そんな話を旦那様と奥様が話している横で私はその綺麗な寝顔を見ていた。

 

「この子が、私の.......」

 

代々この家に仕えてきた私の家。母は奥様と姉妹のように育ったそうだ。だからなのか私もその子と一緒に過ごして来た。その子は私の事を「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれた。可愛くないわけがない、この子のためと思えばこそ色んな事に頑張れた。

 

十五になった年、私は旦那様に呼ばれた。

 

「そろそろお前も一人前だ。公私の区別をつけてもらわねばならん」

「分かりました」

 

それから私はお嬢様を名前で呼ばずにお嬢様と呼ぶ事になった。お嬢様はお姉ちゃんと呼んでいたが何度か窘めているうちにちゃんと呼び捨てになってくれた。とても寂しそうだったが立派なレディになってもらう為には仕方なかった。

 

お嬢様が十五歳の時に結婚の話が持ち上がった。旦那様は成功者で色んな氏族の方々から引く手数多だった。何よりお嬢様は美しかった。歌も楽器も踊りも全て他の人を魅了するかのような妖精の様な方だったから。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいのですけど」

「どうしました、お嬢様」

「私、このままでいいのでしょうか?」

「どういう事でしょうか?」

「お父様に言われるままに結婚したくありません。もっと外の世界を見たいのです」

 

お嬢様の幸せが私の幸せ。裕福で優しい殿方と結婚して欲しいと思っていたがお嬢様はそういう生き方はお望みでは無いようだ。

 

「分かりました。お嬢様のお好きな様になさってください。私はいつもお嬢様の味方です」

 

私はその事をお母さんに話しました。お母さんは言いました。

 

「私の立場ではそれに賛成する事は出来ません。ですが奥様に話してみましょう」

 

奥様はお嬢様が自分の意志で行動することに賛成のようで、ちゃんと現地の学校に通う事を条件に奥様のペンパルがいらっしゃる日本への滞在を勧めてくださいました。

 

その夜、月がとても綺麗に私たちを照らしてくれました。旦那様が氏族の会合に行っている間に私とお嬢様は家から飛び出しました。

 

飛行機に乗って日本に着いた時に奥様のペンパルが迎えに来てくださいました。

 

「アパートを経営してるからそこにしばらく置いてあげるわ」

 

私とお嬢様はそこにお世話になる事にしました。家賃は払わなくていいと言われましたが「特別扱いはよくありません」とお嬢様が自分で働く決心をされました。

 

とは言っても日本で十六歳になったばかり、ましてや学校に行きながら働くのはなかなか難しく、紹介してもらった仕事はお嬢様には向かないものでした。

 

大家さんは家賃とか気にしなくていいと笑ってくださるのがお嬢様には逆に申し訳なく思った様です。私はそれなりにアルバイトを掛け持ち出来たので生活には困りませんがお嬢様は自分でも何とかしようと悩んでおられました。

 

ある日、お嬢様はアルバイトをクビになったとしょんぼりしていました。私は気にしなくていいと言ったのですが、お嬢様はしょんぼりしたままでした。

アルバイトの時間が迫っていたので出ましたがお嬢様のしょんぼりした姿は今でも覚えています。

 

私が帰ってきた時に出る時のしょんぼりはなんだったのかと思うくらいにお嬢様がニコニコしていました。

 

「私、アイドルをやりますですよー」

 

最近は家の中でも日本語を使う事が増えてなんとか日本に馴染もうとして居られました。しかし、アイドルとはなんでしょう?

 

「歌って踊ってご飯が食べれて家賃が払えますです」

 

よく分からない。でも歌ったり踊ったりはお嬢様の得意とするところ。少し様子を見てみよう。私はそう思って賛成しました。

 

 

最近のお嬢様はとても楽しそうです。前は公園でハトと話していたのが今では商店街の皆様や、他の同世代の方々、お隣に住んでる同業者の方々(リンゴなど時々おすそ分けして貰えます)とも楽しくおしゃべりしている様です。

 

一番仲良くしてくださってるのが同じ褐色肌の活発な女の子。ブラジル出身という事で同じ異国の出身というのが仲良くなった原因でしょうか。明るくて人懐っこいとてもいい子です。何となくお嬢様がお姉さんぶってる気がして思わず笑みが零れます。

 

仕事も順調そうでとてもいい事だと思います。たまには二人の時間も欲しいなと思うのはわがままな事でしょうね。そう言えば今日はお仕事がないと言っていました。二人で半分こ出来るアイスでも買って帰りましょう。

 

待っていてくださいね、ライラお嬢様。

「好き」ということ。

「好き」とはなんなのでしょうか?

 

  ドロシィさんと二人でお出かけした時に言われたのです。

「世界で一番マスターを好きなのはウチや!」

  彼女は語ってくれました。いかに彼女がマスターの事を好きなのかを。

「最初はなー、なんかけったいなよーわからんやつやと思うとった。でもなあ、優しさはわかってきた。家事もしてくれるし、戦闘の時も心配してくれるし、ベストパートナーやと思うとる。マスター大好きやで。美味いもんもくれるしな」

  そう言って彼女は笑いました。私はずっとそれを聞いていてその後口を開いたのです。

「私は、好き、というものがよく分かりません」

  おもちゃ箱の中でガラクタとして放置されてた私を見出してくれて使命と名前をくれたのはマスターです。マスターは丁寧に私のネジを巻いてくれます。暖かく流れ込んで来るのは恐らくマスターの愛なのでしょう。私には感情はありませんが、マスターに触れられる度に暖かくなっていくのを感じます。マスターに名前を呼ばれる度にドクンと鼓動が跳ね上がります。マスターと一緒ならどんなヴィランも怖くありません。マスター、マスター、マスター。ずっとずっとそのお名前を呼んでいたい。四六時中お傍に侍りたい。私には感情はありませんがその方が効率的だと感じるのです。でも、不確かな事なので口には出せません。沈黙だけです。

「ヨッシャ、勝った!!!」

  ガッツポーズでドロシィさんが叫びました。その時です。

「何が?」

  聞き間違えるはずのない優しい声がしました。マスターです。またドクンと鼓動が跳ね上がります。こういう時は上手く喋れなくなります。故障でしょうか?

「えと……どっちがマスターのこと……す、す……好きかと云う……」

  しどろもどろになってうまく説明出来ません。好きとはなんなのでしょうか。それを聞いてマスターはニッコリと微笑みながら私を抱き抱えました。

「ウィナー! 圧倒的ウィナーだよ!」

「な、なんやてえぇぇぇぇ!?」

   えええ? なんなのでしょうか、なんなのでしょうか、私はよく分からないうちに勝ってしまったようです。でも、なぜだかとても暖かくて幸せな気持ちになりました。

 

マスター、好き、という気持ちが分かるまでずっとあなたのそばにいさせてくださいね?

晶葉とライラの夏休み

  晶葉が気がつくと、セミが鳴いていた。

「ここは一体どこなんだー!」

「ここは田舎の保養所でございますよー」

「ライラ?」

「はい。そうなのですよー」

  叫びに答えたのはのんびりした声だった。いつも晶葉の助手を務めてくれるライラ。いや、助手という訳では無いのだが笑ってくれているだけで上手くいく気がする晶葉だった。

「で、なんで私はここに居るんだ?」

「ぷろでゅーさー殿が連れて来てくれたからでございますよー」

「はあ!?」

  素っ頓狂な声が上がった。ライラはにっこり笑いながら言った。

「この一週間、ずっと休まずお薬飲んで無理矢理研究進めてましたから体調が心配と相談したのでございます。そしたら温泉もあるからとここに運んでいただけましてー」

「……まて?」

「?」

「ここに運んだ。そう言ったか?」

「そうなのですよー。ぷろでゅーさー殿は力持ちで軽々とお姫様抱っこで晶葉さんを……」

「うわあああああああああああ!」

  あまりの恥ずかしさに顔を沸騰させて晶葉は芋虫のように転がった。

「な、なんで、起こしてくれなかったんだ、ライラ……」

「起こそうとしたのですけどぷろでゅーさー殿が『ぐっすり眠ってるから寝かせといてやろう』と仰ってたのですよー」

  晶葉は頭を抱えて天を仰いだ。ライラはニコニコしながらそれを見ている。

「……まあいい、それならせっかくだから風呂に行くか」

「ライラさんもご一緒するのですよー」

 

  まだ日は高いとはいえ、浴場は日差しが当たっているものの所々が日陰になっていてそこまで温度は高くなさそうだった。

   晶葉は白衣と服をストンと脱いだ。凹凸のない身体だ。もちろん研究には邪魔になるし、大きい胸にも興味なかった。でも、ライラとよく一緒にいるナターリアなんかを見ると……歳も変わらないのにどうして、とかプロデューサーの好みはどうなんだろう、などと考えてしまう。研究ばかりだしレッスンも屋内が中心なので日焼けはない。むしろ肌は白くて綺麗な方である。

「まあ、満更捨てたもんじゃないよな」

  と一人言を言いながら扉を開ける。そこに女神が居た。磨きあげられた肌は褐色の中に清楚さを秘めており、また、滑り落ちる珠のような汗がえも言われぬ艶めかしさを出している。身体の凹凸的には晶葉とそんなに変わらないのに色気が全く違う。また、サラリと長い金髪が落とす彩りはなお一層褐色の肌とコントラストを作り美を引き立たせている。

「お待ちしておりましたですよー」

「あ、ああ、ゆっくりしよう」

  一刻も早くと乳白色の湯船に浸かる二人。程よい温度に調節された湯は二人の疲れをゆっくりと湯船に沈めていった。

「気持ちいいな」

「気持ちいいですねー」

  しばらく二人無言だった。

「あ、そう言えば……」

  ライラは脱衣場の方に戻ると手にアイスキャンディーを持って戻ってきた。

「お風呂で食べるアイスは美味しいとぷろでゅーさー殿が仰ってたのですよー」

  ニコニコしながらアイスを差し出すライラ。晶葉は苦笑しながらそれを受け取った。お湯で火照った身体がアイスの冷たさで中和されていく。心地よい感覚に二人は包まれた。

「美味いなー」

「美味しいですねー」

  お風呂から上がる頃にはすっかり日も沈み、涼やかな風が吹いて虫が合奏をしていた。

「こういう風流なのもいいもんだな」

「はい、日本のこういう所好きなのです!」

  二人は縁側に出てゆっくりと目を閉じた。満月が照らし出す世界に虫の声が響いてくる。とても心地よい。

「帰ったらお月見ロボでも作るかな」

「晶葉さんはいつでも発明なのですねー」

「それが私のアイデンティティだからな!」